主文
1 本件抗告を棄却する
2 抗告費用は、抗告人の負担とする
理由
第1 事案の概要等
(省略)
第2 当裁判所の判断
1 当裁判所も、原審判と同じく、本件申立てを却下すべきものと判断する。
その理由は、次のとおり、訂正するほかは、現審判の理由説示と同じであるから、これを引用する。
(省略)
2 抗告理由について
(1) 抗告人は、法3条1項3号所定の「現に子がいないこと。」の要件(以下「3号要件」という。)は、憲法13条及び14条1項に違反し、無効であると主張する。
(2) しかし、この3号要件は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例を認める本制度が親子関係などの家族秩序に混乱を生じさせ、あるいは子の福祉に影響を及ばすことになりかねないことを懸念する議論に配慮して設けられたものであることが、その立法過程に照らし明らかである。すなわち、原審判も指摘するとおり、現に子がいる場合にも性別の取扱いの変更を認めると、「女である父」や「男である母」を生じることになり、これまで当然の前提とされてきた、父は男、母は女という、男女という性別と父母という属性との間に不一致を来たし、これを社会的あるいは法的に許容できるかが問題となり、ひいては家族秩序に混乱が生じるおそれがあること、あるいは、子に心理的な混乱や不安などをもたらしたり、親子関係に影響を及ぼしかねないことなどが、子の福祉の観点から、問題となりうると指摘されたことから、我が国における性同一性障害に対する社会の理解の状況、家族に関する意識等も踏まえつつ、まずは、厳格な要件の下で、性同一性障害者の性別の取扱いの変更を認めることとすることもやむを得ないとの判断のもとに、3号要件が設けられたものである。
このような状況のもとにおいて、法が3号要件を設けたことについては、立法府としての合理的な根拠があるというべきである。
以上によると、性別が人格的生存あるいは人格的自律と関わりのあるものであり、憲法13条が一般的に保障する範疇に含まれると解する余地があるとしても、性別の変更の取扱いについて、法が3号要件を設けたことが、それに合理的な根拠が認められる以上、憲法13条の規定に反するということはできないものというべきである。また、同要件は、現に子のある性同一性障害者と子のない性同一性障害者との取扱いを区別するものであるが、上記のとおり、この区別には、合理的な理由があると認められるから、そのこと故に憲法14条1項に違反するものということもできない。
抗告人の主張は、採用することができない。
(3) なお、法の附則2項は、性別の取扱いの変更の審判の請求をすることができる性同一性障害者の範囲その他性別の取扱いの変更の審判の制度については、法の施行(平成16年7月16日)後3年を目途として、法の施行の状況、性同一性障害者を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする、と規定している。
この規定は、法の立案・制定の過程において、本制度に係る審判を請求することができる性同一性障害者の範囲及び要件等について、各方面から様々な意見が出されたことに鑑み、立法府として、一定の期間における法の施行状況、性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化を踏まえ、必要と認められる改正措置等を講ずることを検討することを予定して置かれたものである。そして、この3号要件については、最も議論の対象となったものであることを思えば、この検討の過程において、性同一性障害者に対する社会の理解や受容の程度、家族のあり方等についての認識を踏まえて、この要件をそのまま維持すべきか、一定の限定を加えるべきか、あるいは廃止すべきかの問題が具体的に議論されることが望まれるところである。
3 以上の次第で、原審判は相当であり、本件抗告は、理由がないから棄却することとして、主文のとおり決定する。
平成19年6月6日
大阪高等裁判所第10民事部
裁判長裁判官 田 中 壯 太
裁判官 松 本 久
裁判官 久保井 恵子