「ガリレオの中指」拝読。
著者のアリス・ドレガーは、20年ほど前は、性分化疾患への医学的介入の慎重論者、運動家として知られた。
また、日本語訳のある「私たちの仲間」では、さらに結合双生児を切り離そうとする医学的介入への警鐘を鳴らした。
2015年に出版された本著は、いくつかの話題があるが、共通するのは。
倫理的に繊細で議論のあるテーマで、ある学者が独自の見解を示す。
それに対して強い批判が起きる。
そして・・
という流れ。
トランスジェンダー、小児性愛、レイプ、未開の民族、というテーマに関しては、ドレガーは、批判された学者を味方する。批判の方法や中身を徹底検証し、その不当性を示し、「学問の自由を守れ」と主張する。
一方で、性分化疾患の胎児への治療へは、治療者をマスコミやインターネットを用い徹底追及し、「不当な医学行為をするな」と主張する。
どちらも「真実」に基づき行っているという。
ちなみに「ガリレオの中指」とは、ガリレオがファックユウしているのではなく、中指が天井を指し、それでも地球は動いている的な、真実の追求の在り方を示す。
ドレガーの真実への追求は感嘆するばかりだが。
ただ立場を変えると、トランスジェンダー、小児性愛、レイプ、未開の民族への「学問の自由」は、当事者の権利を損ねる恐れがある。
また、性分化疾患治療の追求は「学問の自由」を損ねる恐れがある。
でもドレガー的にはたぶんそこに矛盾はなく、「真実」に基づいているからいいのだという考えだろう。
ただ個人的にはそこまでの「真実」を見極める自信などない。
アメリカは何かと非常に激しい対立になるのだなと、文化の違いも感じた。
あと、トランスジェンダーについて、付記する。
ドレガーが弁護した、ベイリーの「the man who will be queen」だが、タイトルに、差別用語おかま的ニュアンスの強い「queen」を用いている点や、わざわざ、表紙写真が屈強な足+ハイヒール、の点など、「鈍感」以上の悪意を感じる。トランスジェンダーが怒るのも当然。怒り方が一部か過激な人がいたからと言って、怒った人々をすべて否定するのはおかしいと思う。