パラフィリア

針間克己:パラフィリア.臨床精神医学41巻5号(2012年5月特大号 特集/精神科診断分類の改訂にむけて−DSM-5の動向−,p681-684
http://www.arcmedium.co.jp/publication01.php



はじめに
2010年に発表されたDSM-5の試案1)では、性に関する精神疾患として、Sexual Dysfunctions 、Gender Dysphoria2)とともにParaphilias(パラフィリア)がある。ほかの疾患と同様に、パラフィリアに関する記述にもいくつかの変更されている。その変更は、パラフィリアに関する最近の議論を反映したものとなっている。議論に関しては、DSM-5の試案の中で、変更の理由の中で記されている。それをもとに、本稿では主たる変更点と、その背景の議論、理由について記す。なお、診断名の日本語訳についてはカッコ内に筆者の試訳を示した。


1. 「paraphilic disorder」という概念の出現
DSM-5案における主たる変更の第一は、従来の一個のものであったparaphilia概念の中から、「paraphilic disorder」という新たな概念を独立させたことである。
paraphiliaを「性嗜好異常」(DSM)や「性嗜好障害」(ICD)と翻訳している日本語では、「paraphilic disorder」の日本語訳は「性嗜好異常障害」、「性嗜好障害障害」などとなり、その概念は、分かりにくいものがあるかもしれない。しかし、「paraphilic disorder」という新たな概念を独立させたのちの「paraphilia」の用語には「異常」や「障害」といった意味はそれほど強くないようである。
すなわち、性嗜好が一般的でないものを総称して「paraphilia」と呼び、さらにその中で、精神医学的関与を必要とするものを「paraphilic disorder」と呼ぶ、という考えである。診断基準的には、基準A (基準A:少なくとも6ヶ月間にわたる、1)人間ではない対象物、2)自分自身または相手の苦痛または恥辱、または3)子供または他の同意してない人に関する強烈な性的興奮の空想、性的衝動、または行為の反復である。)を満たすだけでは、「paraphilia」である。そこに診断基準B (行動、性的衝動、または空想は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域の機能における障害を引き起こしている。または、他者に危害を与えている。)もさらに満たして「paraphilic disorder」となるということである。
たとえば、楽しみで女装をし、特にそのことに苦痛や障害がない場合は、「transvestite」であっても、「Transvestic Disorder」にはならない。
具体的病名としては、Exhibitionistic Disorder(露出障害)、 Fetishistic Disorder(フェティシズム障害)、 Frotteuristic Disorder(窃触障害)、Pedophilic Disorder(小児性愛障害)、 Sexual Masochism Disorder(性的マゾヒズム障害)、 Sexual Sadism Disorder(性的サディズム障害)、Transvestic Disorder(異性装障害)、Voyeuristic Disorder(窃視障害)と、すべてdisorderがついたものに変更されている。なおカッコ内の日本語診断名は筆者の試訳である。

2. 診断基準として最低被害者数が具体的に挙げられている
主たる変更の第二は、性犯罪につながるパラフィリアにおいては、診断基準の中に、最低被害者数が具体的に挙げられていることだ。
パラフィリアの精神医学的評価は、性犯罪が実行された後に、司法からの要請を受けておこなわれることも多い。この場合、性犯罪の加害者は、自己の性的衝動や空想を正直に述べず、「普段はそういったことは考えません」といった具合に、過少申告をすることもあり、本人の語ることに依存して診断することは不確実である。そのため、実際の行動を評価することで診断を行うようにしている。また、「繰り返し」という表現では曖昧なため、具体的な被害者数が診断基準の中に記されることになった。
診断の基準となる被害者の具体的最低数は、パラフィリアの種類によって異なる。これは、偽陽性偽陰性といった誤診を、できるだけ減らすためである。すなわち、パラフィリアの種類によって、正常の性行動とどの程度似通っているかという度合いは異なるが、その度合いに応じて、基準となる被害者の最低数を変えている。たとえば、覗き見は、女性の裸を見て興奮するという正常な性行動と似通っているため、基準の被害者数が少ないと、誤って偽陽性の誤診をするおそれがあるため、Voyeuristic Disorder(窃視障害)では、被害者3人以上と多めに基準を設けている。いっぽう、他者に恐怖を与えて性的に興奮するというのは、正常な性行動とは似通っていないため、基準の被害者数を多くすると、誤って偽陰性の誤診をするおそれがあるため、Sexual Sadism Disorder(性的サディズム障害)では、被害者2人以上と少なめに基準を設けている。
ほかのパラフィリアでは、Exhibitionistic Disorder(露出障害)で3人、Frotteuristic Disorder(窃触障害)で3人となっており、Pedophilic Disorder(小児性愛障害)では人数が示されていないため、一度でも実行すれば基準を満たすと思われる。
 なおいずれのパラフィリアにおいても、診断基準となる最低被害者人数に関して、その人数により、そのパラフィリアを精神疾患とみなしうるという統計的根拠は示されていない。

3. 「Paraphilic Coercive Disorder」の導入の検討
主たる変更の第三は、「Paraphilic Coercive Disorder」(パラフィリア性強制障害)という新たな疾患概念の導入が検討されていることだ。
まずこの疾患概念の診断基準を示す。(筆者による試訳)

パラフィリア性強制障害
A. 少なくとも6ヶ月間にわたる、性的強制に関する、強烈な性的興奮の反復である。これは性的興奮の空想、性的衝動、または行為によって示される。
B. その人は、重要な機能の領域において、臨床的に著しい苦痛または重要な領域における機能の障害を引き起こしている。あるいは、別の機会において3人以上の同意していない相手に性交を強制することで性的刺激を得ている。
C. パラフィリア性強制障害は、患者が性的サディズム障害の診断基準を満たすときには、診断されない。

診断基準で示されたように、この疾患は、同意していない相手への性交による興奮、というものである。性犯罪の観点からみると、強姦やレイプに相当する。パラフィリアは「性倒錯」等と呼ばれていたころより、伝統的には生殖につながらない性行為を異常とみなし、レイプは生殖につながる故か、異常とはみなされていなかった。3)そのような歴史を鑑みると、この疾患概念が精神疾患のリスト入りすれば、一つの時代の画期をなしたといえるだろう。
DSM-IVからDSM-IV-TRにおいて、原則的に診断基準の変更はなされていないはずであったが、パラフィリアのいくつかでは変更は行われていた。それは、小児性愛、窃視症、窃触症、露出症、性的サディズムにおいて、診断基準Bに「その人が性的衝動を行動に移している」の一文が加えられている。それはこれらのパラフィリアが実行に移すことで他者に危害を加える性質のものだからという側面もある。すなわち、パラフィリアは、性の価値観の変遷に伴い、「生殖に結び付かない」ものを異常と捉える考えから「他者に危害を加える」ものを異常と捉える考えに移りつつあるが、Paraphilic Coercive Disorderの導入は、その延長上にあるともいえる。
Paraphilic Coercive Disorderを異常とみなす医学的理論は、以下のとおりである。一般的には、性的に強制されていると相手が感じている場合、男性は性的興奮が抑制され、互いにやる気がある時は、性的興奮は高まる。しかし、一部の人々、すなわちParaphilic Coercive Disorderを有する者では、その逆に、性的強制によって、性的興奮が高まる。すなわち一般的な性反応とは逆の反応を示すという点で異常とみなすという理論である。

4.パラフィリア各論
個々のパラフィリアで大きな変更のみられたものを記す。
1)Exhibitionistic Disorder(露出障害)
露出対象が、①思春期ないし思春期前のもの、②成熟したもの、③両年齢グループともに、の3種類への亜型分類が導入された。これは被害者が思春期ないし思春期前のものにおいては、Pedophilic Disorder(小児性愛障害)の合併の可能性が考えられ、それを見逃さないためである。
2) Fetishistic Disorder(フェティシズム障害)
DSM-IV-TRでは別診断であった、身体の一部への性愛であるPartialism(部分性愛)はFetishistic Disorderの中に含まれることになった。これはたとえば「靴と足への性愛」といったように、両者が合併することが多く、別診断とすることの有用性が乏しいからである。 ただし亜型分類の中で、対象が①身体部分、②生命のない対象物、③その他、と区別される。
3)Pedophilic Disorder(小児性愛障害)
患者自身の最低年齢が16歳から18歳に上げられている。その理由については記されていない。
亜型分類を、対象によって①11歳未満の子供のClassic Type(古典型)、②11歳から14歳の前思春期のHebephilic Type(破瓜性愛型)、③両者のPedohebephilic Type(小児破瓜性愛型)の三型にすることが導入された。その理由については記されていない。
4) Sexual Masochism Disorder(性的マゾヒズム障害)
「(現実的で、疑似的ではない)」という語句が削除された。この語句の診断における意味が乏しいからである。
 Hypoxyphilia(低酸素渇望)については、低酸素そのものが性的興奮を引き起こすのではなく、その前段階の呼吸抑制が性的興奮を引き起こすのでは、という考えから、Asphyxiophilia(窒息性愛症)という用語を用いることになった。Asphyxiophiliaは独立した疾患単位ではなく、Sexual Masochism Disorderの中に含まれる。

5) Transvestic Disorder(異性装障害)
Transvestic Fetishismという診断名から「Fetishism」という言葉がなくなり、Transvestic Disorderとなった。異性装は、フェティシズム的動機だけでなく、自己を女性だと想像することで性的に興奮するAutogynephilia(自己女性化性愛)による場合もあるからである。
 「異性愛の男性」という文言がなくなっている。「異性愛」という用語が削除されたのは、異性装男性で、同性である男性と性的関係を持つ者はいるし、特に異性装をしているときに男性と性的関係を持つ者もいるからである。「男性」という用語の削除理由は示されていないが、女性で男性装をする者もいるという臨床的事実に基づくと思われる。
 また、①Fetishism(フェティスズム)を伴うもの、②Autogynephilia(自己男性化性愛)を伴うもの、③Autoandrophilia(自己女性化性愛)伴うもの、があれば特定するようになった。Autogynephilia(自己男性化性愛)は、将来的にgender dysphoria(性別違和)を抱く可能性が高く、臨床上も、研究上も有用だからである。

おわりに
DSM-5案におけるパラフィリアの概要を記した。精神疾患とは何か、ということは時代の影響を受けるものであるが、DSM-5案におけるパラフィリアにおいても、多様なセクシュアリティへの尊重と、性暴力加害者への有用性のある精神医学的評価の必要といった時代の流れを反映しているものと思われる。

文献
1) http://www.dsm5.org/Pages/Default.aspx
2)針間克己: DSM5案に見られる性同一性障害をめぐる議論:現代のエスプリ 521号(2010年12月号) 性とこころ――女と男のゆくえ.117-123
3)針間克己: 性的異常行動. 臨床精神医学 30(7): 739 -743 2001.