境界を生きる:続・性分化疾患/4 職場の無理解「心壊れそう」

http://mainichi.jp/select/science/news/20101104ddm013100012000c.html
境界を生きる:続・性分化疾患/4 職場の無理解「心壊れそう」
 ◇治療認められず退社/環境改善へ続く闘い
 出勤前、鏡の前でネクタイを締める。映っているのは自分であって、自分でない。思わず目を背ける。

 東京都に住むフリーターの圭さん(31)=仮名=はIT系専門学校で学んだ知識を生かし、8年前に都内のコンピューター会社に就職した。男性サラリーマンとして日々を送るうちに「本当の自分に近づきたい」との思いを抑えきれなくなり、入社3年目ごろから女性ホルモン剤個人輸入して服用するようになった。

 振り返れば「なぜ女でないのか」との疑問は小学校のころから続いていた。体の成長とともに男女両方の特徴が表れ、同級生からひどい言葉のいじめを受けた。以来、人とあまり話さず、集団の中ではなるべく目立たぬようにしてきた。

 そんな気持ちを理解してくれる友人ができ、勧められたメンタルクリニックを受診すると、染色体検査で典型的な男性ではないことが分かった。「やはり完全な男ではなかったんだ」と安堵(あんど)し、医師に女性として生きたいと伝えた。

 9カ月後、病院での女性ホルモン補充治療が始まった。主治医からは「戸籍も変えるなら、女性としての生活実績を積まなければならない」と言われた。しかし職場では男性のまま。治療により「体の中を流れるものが男から女に変わった感覚」が生まれ、現実とのはざまで自分が壊れそうだった。苦しみが少しでも和らげばと、髪を肩まで伸ばした。

 ある日、本社の人事担当者から呼び出され「短髪にして膨らんだ胸もつぶさないと、仕事は与えられない」と注意を受けた。圭さんは診断名も治療内容もすべて明かし、ありのままの自分で働き続けたいと理解を求めた。会社の上層部で対応が協議され、数日後に告げられた結論は「女性の姿で働くことは、戸籍が女性になった時点で認める。それまでは一切、女性的なそぶりを見せず、常識ある一般的な男性でいること」というものだった。

 会社の方針に従えば主治医が求める「女性としての生活実績」は積めない。戸籍変更への道が断たれると、職場にはいられなくなる。相矛盾する要求に答えが見つからない。「辞めろと言っているのと同じじゃないか。我慢して男として働くしかないのか……」。眠れぬ夜を重ねたすえ、自主退職を申し出た。

 それから2年半。「もう一度定職に就きたい。でも、自分のような人間を認めてくれる会社があるとは思えない」。求職活動への一歩が踏み出せずにいる。

   *

 職場の廊下で、女性職員たちが自分のほうを見てうわさ話をしている。「あれが例の人でしょ?」。公務員として働く東京都の純さん(27)=仮名=は、そんな場面に出くわすたびに、いたたまれなくなる。

 純さんは染色体異常による性分化疾患。子宮も卵巣もあるため女性として育てられたが、スカートは一度もはいたことがない。大学生のころ、メンタルクリニックで「心の性別は男性」と診断され、男性ホルモンの補充を続けている。戸籍はまだ変えておらず、仕事上は女性だ。

 疾患のことは研修中に上司に説明したが、支給された制服は女性用。トイレは「制服時は女性用を」と指示され、人のいない時を見計らって使う。それでも外見が男性っぽくなっているので、守衛に通報されることがある。男女別の独身寮はあきらめ、自費でマンションを借りている。

 今春、同じ職場に性同一性障害と診断された同僚が配属された。それまで純さんは資材室の隅で着替えていたが、連名で改善を要望した結果、カーテンが付けられた。

 「職場も社会も、理解するどころか知ってさえくれない。今はまだ、自分の力で生きやすい環境を獲得していくしかない」。悔しさをこらえながらの闘いが続く。【丹野恒一】=つづく

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毎日新聞 2010年11月4日 東京朝刊