今日の精神科治療ガイドライン 12.性同一性障害

今日の精神科治療ガイドライン 精神科治療学 第25巻増刊号 2010年10月 
編集:「精神科治療学」編集委員会
http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0102/bn/25/zokan.html
P244-245

7章 12.性同一性障害
 針間克己

1.はじめに
 性別適合手術を含む治療に道筋をつけるべく、日本精神神経学会性同一性障害に関する特別委員会は、平成9 年5 月に「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」を公表した。以後治療経験の集積なども踏まえ、二回の改定が行われ、平成18年に、「性同一性障害の診断と治療のガイドライン第3版」1)が公表され、診断と治療の指針として用いられている。ここでは、ホルモン療法や手術療法を含む、性同一性障害治療全般における、精神科医および医療チームの果たすべき役割、診療内容等が述べられている。その内容を簡潔にまとめると、2名の精神科医により診断・治療・身体治療移行の判断、それを意見書としてまとめる、その後、医療チームによる身体治療移行の決定、ホルモン療法開始・乳房切除術は18歳以上(18,19歳は保護者の承認が必要)、性別適合手術は20歳以上という年齢条件、といったものである。本稿では、そのうち精神科医の行う診断、治療、身体治療移行への判断の概略について記す。

2.診断
診断は以下の手順をもって行う。
(1)ジェンダーアイデンティティの判定
1)詳細な養育歴・生活史・性行動歴について聴取する。日常生活の状況を詳細に聴取し、現在のジェンダーアイデンティティのあり方、性役割の状況などを明らかにする。
2)性別違和の実態を、?自らの性別に対する不快感・嫌悪感、?反対の性別に対する強く持続的な同一感、?反対の性役割を求める、の3点に留意しながら行う。
3)診察の期間については特に定めないが、診断に必要な詳細な情報が得られるまで行う。
(2)身体的性別の判定
身体的性別の判定は、MTF(male to female、男性から女性へ性別移行をするもの) は泌尿器科医、FTM (female to male、女性から男性に性別移行をするもの)は婦人科医により実施される。染色体検査、ホルモン検査、内性器・外性器などの診察ならびに検査を行い、その結果を精神科医が確認する。上記診察と検査結果に基づき、性分化疾患など、身体的性別に関連する異常の有無を確認する。
(3)除外診断
?統合失調症などの精神障害によって、本来のジェンダーアイデンティティを否認したり、性別適合手術を求めたりするものではないこと、?反対の性別を求める主たる理由が、文化的社会的理由による性役割の忌避やもっぱら職業的利得を得るためではないこと、などを確認する。
(4)診断の確定
以上の点を総合して、身体的性別とジェンダーアイデンティティが一致しないことが明らかであれば、これを性同一性障害と診断する。

3.治療
精神科医による治療は、以下のものを中心に行う。
(1)現病歴の聴取と共感および支持。これまでの生活史のなかで、性同一性障害のために受けてきた精神的、社会的、身体的苦痛について、十分な時間をかけて注意を傾けて聴き、受容的・支持的、かつ共感的に理解しようと努める。
(2)カムアウトの検討。家族や職場にカムアウト(自分が性同一性障害であると明かすこと)を行った場合どのような状況が生じるか、現在の状況でカムアウトを行った方がよいかどうか、カムアウトの範囲や方法、タイミング等について検討を行う。
(3)実生活経験(RLE: real life experience)。希望する性別での生活の実現に向けての準備や環境作りを行わせる。身体的治療を希望する場合は、その生活を現実にできる範囲で実際に行わせ、その生活を揺るぎなく継続できるか、生活場面でどのような困難があるかを明らかにする。
(4)精神的安定の確認。種々の状況に対して精神的に安定して対処できることを確認する。うつ病などの精神科的合併症がある場合には、その合併症の治療を優先し、適応力を生活上支障のないレベルに回復させる。
(5)治療は、上記(1)〜(4)の条件を満たすことを確認できるまでの期間行う。

4.身体治療移行の判断
ホルモン療法や、手術療法といった身体治療への移行に当たっては、2名の精神科医が以下の条件を満たすことを示す意見書を作成し、その意見書に基づき、医療チームが身体治療移行を判断することになる。
身体的治療に移行するための条件
(1)性別違和の持続。精神科領域の治療を経た後においても、強い性別違和が持続している。
(2)実生活経験。本人の望む新しい生活についての必要充分な検討ができている。すなわち、可能な範囲で今後の新しい生活を試みており、それについて適合感があり持続して安定している。職業に関しては、現在の仕事が継続できる条件を整えているか、一旦職を辞して新しい職に就く場合には、具体的な見通しがついていること。学生の場合には学校側と授業や実習に関しての調整がなされているか、なども考慮する。
(3)身体的変化に伴う状況的対処。身体的変化にともなう心理的、家庭的、社会的困難に対応できるだけの準備が整っている。たとえば必要な範囲でカムアウトしサポートシステムを獲得していることが望ましい。
(4)予測不能な事態に対する対処能力。予期しない事態に対しても現実的に対処できるだけの現実検討力を持ち合わせている。あるいは、精神科医や心理関係の専門家等に相談して解決を見出すなどの治療関係が得られている。
(5)インフォームド・デシジョン。身体的治療による身体的変化や副作用について、少なくとも重要なことに関する説明を受け、十分に理解して同意している。

5.おわりに
性同一性障害の診断と治療のガイドライン第3版における精神科医の果たす役割の概略を説明した。性同一性障害の治療は、性別適合手術などの身体治療にのみ関心が集まる傾向があるが、精神科の果たす役割も重要である。ガイドラインに示されていないが、現在の臨床現場で課題となっていることとしては、①性別違和の弱いもの、反対の性別へのジェンダーアイデンティティが乏しいものなど、非典型的なものへの対応、②小児の性同一性障害への対応、③18歳未満でホル療法の適応はないが、身体違和は強くホルモン療法開始を求めるものへの対応、④性別適合手術矢戸籍変更を済ませたが、十分な満足が得られないものへの対応、などが挙げられる。こういったもの達への適切な治療指針の策定が望まれる。

文献
1) http://www.jspn.or.jp/ktj/ktj_k/pdf_guideline/guideline-no3_2006_11_18.pdf