成人と思春期の性同一性障害者へのホルモン療法2

治療への現実的期待
性別違和の緩和が、性別再指定がなしうる唯一の利点である。すなわち、全般的健康は通常改善するものの、性別違和以外のすべての領域の問題は、未解決のまま残るのだ。それゆえ、性別移行に関してホルモン療法や外科的療法に対して、当事者が抱きがちな非現実的期待は、あらかじめはっきりさせておく必要がある。また、成人や年長者に対するホルモン療法の限界は、率直に話し合うべきだ。孤独の中に秘密をかかえた長い歳月で、治療への空想的期待が、現実をはるかに超えるものになることもある。性別移行中のものや、性別移行をしたものと実際に会ってみることは、ホルモン療法や外科的療法で、実際の所どの程度変われるのかをはっきり理解していく上で、きわめて有用だ。同様に、性別移行開始時あるいは、長期にわたり起こりうる問題、すなわち、個人の、職業上の、人間関係上の問題からも、目をそむけがちである。性同一性障害の身体治療は、ホルモン療法も外科療法も、治癒的なものと言うより、リハビリ的なものであることを理解することが重要だ。結論としては、性別再指定された人の生活の質は、はっきりと改善するが、ほかの先天性の医学的疾患と同様に、そこには限界があるのである。


実生活経験
 ホルモン療法開始時、あるいは開始前に、「実生活経験」を通常は開始する。これは望みの生活でフルタイム、生活する期間のことだ。この機会に、患者と、担当の専門家は、新しい性別での生活の経験と、周囲の人々との関係における新たなる行動を身につけることを観察していく。この経験は、周囲の人びとと当事者が、たがいにどう反応するかを明らかにするため、この経験ぬきには、違った性別での生活がどんなものかという、個人的な確信と空想は、独りよがりなもののままとなる。この長期的な信念は、非現実的なものとなることがあり、新しい性別での生活を理想化し、最終的には、失望へと至らせる。
 実生活経験の開始は、何段階かに分けて行うことができる。たとえば、望みの性別の服装を、最初は安全で信用できる空間で行い、その後に、公共の場で行う。患者は不可逆的治療である外科的治療を行う前に、少なくとも1年は望みの性別で生活すべきである。多くの解決すべき問題が生じるなら、予定していた期間を延長して、実生活経験をすることもありうる。この期間中、患者は心理専門職とのコンタクトを維持し、経験の評価が行われ、問題解決の方策が提案されるべきだ。
 通常の場合、この期間中にホルモン療法が開始される。ホルモン療法が引き起こす身体的変化は、新たなる性別への個人的身体的移行を促進する。もし、心理専門職が、ホルモン療法開始は慎重にすべきだが、いたずらに治療開始をおくらせることは、患者の心理的健康に有害だと考えるならば、段階的な方法を採ることもできる。この方法の場合、身体的効果はおおむね可逆的で、性別移行がうまくいかない場合は、治療を中止することもできる。