ドキュメント 両性の間で<4>生き方強いる社会

読売新聞九州版2005.6.9.


ドキュメント 両性の間で<4>生き方強いる社会


 「先生、男のくせにどうして女の格好するの」――。沖縄県のある離島。人口が少なく、島民全員が互いに顔見知りというこの島で、女性を自認する性同一性障害GID)の当事者、藤田貴博(47)(仮名)は浮き上がった存在だ。へき地医療のため、歯科医として関東から診療所に赴任して7年。島民に何度も同じ質問を投げかけられる。

 外出時はスカートにストッキング、ハイヒール。周りにどう見られようが、今は心の性に合わせたスタイルを取る。「自分自身が女であることを受け入れるのに40年近くかかった」。それまでは、「世の“規範”を守り、男として生きねばと考えていた。でも、耐えられなくなった」。

 記憶のページをめくると、社会に「男」であることを無理強いされてきた半生がよみがえる。幼稚園でプール遊びの時、女の子たちの水着を見て、先生を前に「あんな格好したいな」と素直な気持ちを口にした。「あなたは男でしょ」。ハッとさせられ、何も言えなくなった。

 中学時代には学生服を着るのが嫌で、「高校に行きたくない」と親にごねた。高校合格で「学生服を作りに行こう」と声を弾ませる両親に、「セーラー服で通いたい」の一言をのみ込んだ。部分的だが、「女」を享受できたのは大学以降。それでも、せいぜい中性的な服を着て女性用の下着をつけることぐらいだった。

 MTF(心が女で体が男の人)は男子学生服を着ることに、FTM(心が男で体が女の人)はセーラー服に違和感を持つ。このため、中学や高校の時、「学校へ行きたくない」と言い出すことがGIDを示すサインとなることがある。学校へ行かない理由について、当事者自身は言わないか、言えない。

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 「男としての期待を背負わされるため、MTFは高学歴で男として会社員となり、まずまずの収入を得ている人が多い」と、作家の虎井まさ衛(41)(東京都在住)が言う。

 自身は、性別適合手術で戸籍上の性別を男性に変えた元FTM。虎井に相談を寄こすMTFの多くは、自分のGIDにあえて目をつむり、男として頑張って社会生活を送っている。対してFTMは、「女の子だから」と好きに振る舞うことを親が許してしまい、10代で男性として生きる道を選ぶ場合が多い。もっとも、MTFも女性として勤務するとうまくいかないことがある。

 自分がGIDであることを、職場でカミングアウト(告白)する人が現れる一方、戸籍上の性別を知られるのを嫌い、正社員ではなくアルバイトとして働き、収入が不安定というケースも後を絶たない。

 男性と女性。それぞれの「らしさ」が求められる社会で、心と体の性が不一致の当事者たちは、不本意な性の在り方を強いられる。

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 日本精神神経学会ガイドライン(指針)によると、GIDの治療は精神サポートからホルモン療法、乳房切除手術、そして性別適合手術で完了する。しかし、医学的な治療だけでは不十分だとする意見が、医学界の中にはある。

 約50人のGID当事者の診療にあたる福岡大学病院教授の西村良二(55)は、医療機関と他の関係機関が協力した社会的治療体制の構築を訴える。

 例えば、ほとんどが就職の悩みを抱えており、「ハローワークと連携した就労支援は治療上、有効。当事者の受け入れを促すため、企業への啓もうも必要になっている」とする。

 当事者が社会から受ける心理的プレッシャー。解決の第一歩は、当事者への偏見を改めるシステム作りにある。(文中敬称略)

http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/document/006/do_006_050609.htm