ブルーボーイ事件の貴重な資料である、
「捜査法医学演習-1-生体鑑定--性転換手術事件」
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- 警察学論集 / 警察大学校 編 24 (8), 144-160, 1971-08
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東京 : 立花書房
文字起こししました。
軽くチェックしましたが、AIにやらせたので、間違いは残っていると思います。
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捜査法医学演習-1-生体鑑定--性転換手術事件 | NDLサーチ | 国立国会図書館
なお、鑑定の詳細部分は、プライバシーを配慮して、省略しました。
以下。
捜査法医学演習 (1)
生体鑑定 ——性転換手術事件——
内藤 道興(東京大学講師)
はじめに(144ページ)
先般小著「捜査法医学」を立花書房より刊行したのであるが、この書は主として捜査官を対象とした、実務的な法医学の解説書で、いわば医学の基礎知識に通じない方々に向けた、手引書でもあったわけである。そこで、できるだけ多数の実例写真を載せて、理解し易いよう努力したつもりであるが、文字通り小著であって、一つの事件例について、その発覚から結末迄を、追求するようなことが許されなかった。今回編集部より事件例を中心とした法医学についての詳説を求められたのを機会に、「捜査法医学」の補充的な意味で、かねて収集してあった、教養向きの資料の中から、大体摘要の記載内容の順序に従って、夫々適当と思われる事例を取り上げて、新たに検討し直したり、裁判の結果を調査してみたので、「捜査法医学」読者の御参考に供したいと思う次第である。
目次(145ページ)
事件の概要
鑑定の経過
鑑定の結論
医学界における性転換手術
刑法学者の見解
公判廷における論点
裁判所の判断
事件の概要(145〜146ページ)
昭和四十年夏の頃、東京A台町にあるマンションから、「怪しげな女装のグループが夜中にさわぎ、風紀が悪くて困る」という苦情を受けて、所轄署で捜査を開始した。管内にはホテル、ナイトクラブ、バーなどの集中している地区があって、外人も客も多く、これ等をねらって、男娼やゲイボーイが出没することが多くなっていた。しかし男娼では売春防止法を適用して取り締ることはできないのであるが、この男たちを調べているうちに、「〇〇ちゃんは手術を受けて女になったのよ」という話を聞き込んで捜査すると、それが、某医大産婦人科講師の肩書きを持つ、M医師によって所謂性転換手術を施されたもので、他にも何人か同じ手術を受けた者のあったことが判明した。同署は地検とも連絡、風紀上野放しにしておくわけにはいかないとしたものの、かかる性転換手術取締りに、如何なる法律を適用すべきか、又類似した事案の判例は全くなく、大いに戸惑ったようであったが、いろいろと研究の上で、漸く優生保護法違反事件として取り扱うこととなり、手術を受けた男娼についての鑑定に関し、担当の捜査官が、筆者のところへ相談にみえたのである。
それより約五年程以前にさかのるが、新橋附近に出て客引きをしていたという「おかま(注1)」殺人事件があって、被害者を検死すると、外陰部は一見かなり女性らしくみえるが、睾丸剔出(去勢)、陰茎切除、人工膣造形術を施された、まぎれもない男性であったことを、筆者は経験していたこともあって、鑑定を引き受けることにしたのである。ところで、この男娼達の検査は、彼等が事件の被疑者というわけではないから、鑑定や身体検査の令状によることができず、説得によって協力してもらうことになるわけであり、又商売に忙しい(?)彼等に何回も出頭させることもむつかしく、そんなわけで検査を納得させる捜査官も、鑑定の為の広範囲にわたる検査の手筈を整える警察も、双方共に容易ならざる努力をしなければならなかったが、漸く三人のうち二人の男娼について、検査を実施する運びとなったのである。
鑑定の経過(146〜148ページ)
鑑定事項は左記の五項目について求められた。 一 性別 二 半陰陽か否か 三 睾丸の剔出を要する如き疾病が既往にあったかどうか 四 睾丸の剔出、陰茎の切除の痕跡及び形成状態 五 その他参考事項
検査の対象は通称F子二十三歳とY子二十一歳で、二人は全く同時にM医師の手術を受けたもので、(以下略)
性の決定は細胞の染色体の検査によって可能であり、最も確実な方法であるから、二人の静脈から採血して、血液中の白血球につき、染色体の形態を検査したのであるが、判定可能な標本を得るに至らず、再度採血することが不可能となったので、この検査は中止せざるを得なくなった。しかし、性別判定には染色体の検査に準ずる、性染色質について、頬粘膜から採取した上皮細胞を資料にして検査した結果、性染色質陽性の細胞は全く認められず、男性と判定されたのである。
外陰部所見は、(中略)
尿道のレントゲン検査は、尿道開口部より造影剤を注入して、レントゲン写真を撮影したのであるが、注入に際して疼痛を訴えたりした面はあったが、十分可能であり、その所見は、尿道は陰茎部尿道のないことを除けば、男子尿道と同様で、尿道前立腺を認め、精嚢と思われる影像がみえるが、膣の存在は認められない。
最後に既往歴について問診を行ったが、特記するような疾病に罹患したことはなく、中学時代から、自慰による射精や、夢精の経験を有し、Y子は女性との性交の経験もあると述べ、男性としての性的機能は、略正常であったと推定されるが、Y子は学童期以後、女性よりも男性に対して、より興味をひかれたと述べている。去勢手術を受けたことについて、年をとってから後悔するようになりはしないかとの筆者の質問に対し、F子は、今は何も思わないが、三十歳位になったら、悩むことがあるかも知れないと答えたが、検査に立ち会った捜査官が席を外した際には、造膣手術を受けたいことを強く望んでいる旨を訴えたばかりか、筆者に対して、手術医を紹介して呉れるよう、せがまれたのに大いに辟易したのであった。尚Y子は後日他の医師に、造膣手術をしてもらったが結果は必ずしも良好ではないということである。
鑑定の結論(149ページ)
以上のような極めて強い男性的特徴は、先天的に睾丸の欠如した人では到底起り得ないものであって、下垂せぬ睾丸(睾丸が下らず、腹腔内や鼠径部に留まって、陰嚢内に到達しないもので、停留睾丸という)が存在するか、手術的に睾丸を剔出したものと考えられるので、二人は「男性であるとするのが妥当である」と判定したのである。
半陰陽であるか否かについては、本件に於て問題になるのは、女性仮性半陰陽の場合であると思われる(つまり患者が元来女性生殖腺である卵巣を有するにも拘らず、外形的に陰核が大きくて陰茎状を呈している為に、手術的に女性外陰部の形態に、形成自認をしたと主張することが考えられる)わけであるが、性染色質の検査は全く陰性であったので、女性仮性半陰陽は否定されることになる。
次に前記の諸検査の結果から、この二人は殆ど全去勢術(全機剔)が施されたとして差し支えない所見であり、一般にこのような手術を行わなければならない場合でも、睾丸はできるだけ残すよう、手術医としてはつとめなければならないのが、極めて基本的な医学常識であるにも拘らず、陰茎から左右睾丸剔出までも行ったものとすれば、悪性腫瘍が高度に浸潤した場合か、該部の高度の外傷の存在を考えなければならない所でありあって、瘢痕の状態や、本人達の症状訴え等から、かかる重大な疾病の存在を疑わしむるものは全く認めることができなかったのである。
外陰部手術に際して、睾丸だけは、できるだけ残すようにつとめなければならないのは、去勢によって、昔から二次性徴が退行して不明瞭になり、中性化することが知られており、又その影響は脳下垂体にも及び、全身の内分泌機構の変調を来たす等の障害を起こし、精神的にも女性の更年期によく似た状態にみられる変調(所謂骨盤神経痛症状群)を将来するものであるとされているからである。
さて前記の「おかま殺人事件」であるが、発生が真夏のことでもある上に、死体発見がおくれた為に、司法解剖に着手した時は、既に腐敗の進行がかなり強く、十分な検査の遂行が不可能であったが、これとは言えないが、極めて軽微な鈍性作用によるとみられる外傷が、五箇居所にあっただけで、これが直接死因と見做すことは到底困難で、心臓がやや拡大していた他は、特記すべき変化も存在しない所から、急性の心不全と推定されたのであった。ところが五—六日後に犯人が検挙されてみると、被害者の部屋で金のことから口論となり、心窩部を拳骨で突いたところ、敷いてあった布団の上に倒れて、それきり動かなくなったということである。そうすると、心窩部に、その臓器を冒さぬ程度の外力が加えられた為の急死ということになり、外傷性ショック死と見なすことが出来るわけで、被害者の体質的な異常の存在を考えなければならなくなるが、前記のように去勢術そのものを受けており(何れか一の器では五年位以前ときかされている由である)、それに基づく内分泌機能の変調を来たしていたことが、比較的軽微な外力によって、急死するに至った素因、体質的要因として、取り上げられねばならないといわれるのである。この著書に、生前どのような障碍が起っていたかについて、具体的には現在知る術もないわけであるが、所謂性転換手術が、長年のうちには、個体に重大な影響を与えるものであるということは、本例によっても充分察せられるところであって、医学的に充分な研究のなされていない段階で、安易にこの再び元にかえすことのできない手術を実施することには、大に問題があるといわなければならない。
医学界における性転換手術
ところでかかる性的倒錯者を対象とした所謂性転換手術は、本邦では従来かくれた存在として扱われてきており、手術が公然と実施されて、その症例が学会等に発表されたことはなく、果してどの位の例数があるかは明らかでないが、筆者も本鑑定を行った以後に、別の医師によって、睾丸剔出手術のみを実施された、二例の生体鑑定を依頼されたことがあり、又「おかま殺人事件例」では、ほぼ昭和二十年代に手術を受けたらしいこと等から、かなり以前から行われていたことは想像に難くないが、本手術が正当な医療行為であるか否かについて、医学界において法的な処置が行われていたことはなかったようである。筆者の目に触れたものとしては、日本医事新報(医学に関する総合的な週刊誌)一九九四号(昭和三十七年七月十四日号)の質疑応答欄に次のような記事が掲載されている。即ち性転換手術の可否と題し、「男性から女性への性転換の希望者あり。この場合陰嚢、睾丸、陰茎切除等の手術を施行しても法的に差し支えなきや。また半陰陽奇形者の場合は如何なりや」との問に対し、「外観は男性であっても、医学上、生理学上は本質的に女性であるべき者について、これを完全な女性の状態に近づけるための手術は、固有な意味での医療行為なので、当該手術についての患者の同意があれば、刑法上の格別の問題はない。しかし完全な男性を外観上女性にするための手術は(完全な女性とすることは不可能なことと考えられる)当該手術を行うことについての、医学上、社会通念上の妥当な理由があれば格別、たとえ本人の同意があったとしても傷害罪に該当するものと考えられる。」と回答している。回答者は無記名であるから、公的な見解ということはできないが、文章の上からは恐らく法律家の意見のように察せられる。しかし優生保護法に触れるというような趣旨のことは述べられていない。
刑法学者の見解
さてM医師は、性転換手術を行ったのみならず、半年以上にわたって麻薬を、友人である某の店に譲渡していたことが発覚したために、麻薬取締法違反、優生保護法違反の罪名で起訴された。これより少し前に、筆者の所属する東大法医学教室で、大学院学生に対し刑法を講ぜられていた、当時一橋大学教授の植松正博士が来室された折、本件について話題になったことがあった。「時の法令」五五三号(昭和四十年十二月三日号)に阿武氏が性転換の手術と題して見解を述べられている。即ち検察官が優生保護法違反として、事件を処理したのだとすれば、それは傷害罪の成否について疑問があると思ったからであろう。議論の紛糾を避けようとすれば、当然、検察官として疑いもなく成立すると思う罪名だけで処理することになるのだと思う。しかし、これに関して傷害罪が成立するかどうかという問題は刑法上はなかなか面白い問題なのであるとし、本人の同意のもとに身体を傷害する行為は、原則的には違法ではないが、それも程度問題で、重大な傷害をすることは、やはり違法行為であるから、いくら同意していても傷害罪になる。問題の性転換の手術は、人体に重大な傷害を与えるものだから、傷害罪になる、としている。そして、そもそも植松博士が一般に同意傷害でも重大な場合には傷害罪になると考えるに至ったのは、優生手術というものが、一定の要件のもとにおいてでなければ、許されていないという事実に思い及んだからで、要するに優生手術(生殖腺を除去することなしに生殖を不能にする手術)などというものは、いくら本人が希望する場合でも、施すことができないということを明らかにしていることになり、等しく生殖を不能にする手術であっても、生殖腺を除去するという方法は、除去しない方法よりも重大な結果をもたらす手術なのだから、なおさらはいけない筈で、性転換手術は生殖腺除去も行ったというのだから、それだけ捉えてみても、医師にさえ許されない手術である。行為は疾病治療のためなんかでは全然ないのであるから、医師がやったからとて、少しも特別扱いにすべき理由はない。要するに許されざる傷害行為であるにすぎないのだ。性転換手術をした医師は、優生手術として法律の定義している手術を行ったのではなく、別のことをやったのである。定義外のことをやったから当局は同法違反と考えたのかも知れない。しかし性転換手術の目的は、まさに人的に男性を女性にすることにあるのであって、生殖を不能にすることを目的としているのではないであろうから、優生保護法違反と認めることの方が困難なように思える。以上のように傷害罪成立の論拠を述べておられる。
公判廷における論点
本件の裁判は三年にわたり、二十数回の公判で審理されたのであるが、検察官の主張は、被告人であるM医師の行為は、正当な医療行為としてやったわけではなく、男娼に求められて行ったもので、手術をしても真に女性になれるものではなく、中性化するだけであって許されることではない。男娼の目的も手術を受けた身体を資本にして、営利事業をするものであって、異常な欲望を満足させるために手術を受けたにすぎないのであるとしている。 これに対し弁護人側の主張は、本件手術は性的倒錯者に対する性転換手術の一段階であり、正当な医療行為であることは以下の諸点から明白であるとした。 (イ) 本件の手術を受けた三名は、何れも医学的にみて性的倒錯のうち、性転換症の症候群に入る精神異常者である。肉体と精神が完全に分離しているため、性に関する精神的葛藤が極めて大きく、反対性への肉体的転換を切望していた。 (ロ) 本件の睾丸全剔出手術は、性転換手術の一段階として行ったものであるところ、性転換症者などの性的倒錯者に対し、精神療法やホルモン療法は効果がなく、治癒させることが不可能であるから、むしろ性転換手術によって、性的倒錯者の希望する反対の性の肉体に近づけ、精神的葛藤を減少させることこそ、適切な治療というべきであり、外国では医学的に治療行為として承認されている。 (ハ) 三人は何れも自己の自由意志により、真剣に性転換手術を依頼したのであって、単なる承諾以上の積極的な治療依頼であった。被告人はその経歴からも、産婦人科のみならず、医学全般にも通じており、性的倒錯者についても、数多く臨床経験を有し、造膣手術の経験も豊富で、性転換手術を行う能力は十分あった。 としたのである。
裁判所の判断
裁判所は筆者を公判廷に召喚し、前記の鑑定書の内容について、医学的事項について詳細な説明を求め、更に泌尿器科の学者の鑑定の結果と共に採用し、被告人が三名の睾丸全剔出手術を行ったことは明らかであるが、三名の者には睾丸全剔出手術を必要とする疾病が存在していなかったものであり、真性半陰陽でも、女性仮性半陰陽でもないと認められるとした。そして性的倒錯者に対する、いわゆる性転換手術そのものが、医学上広く治療行為として認められるか否か、それが肯定されるとしても、本件手術が具体的に正当な治療行為として、評価しうるか否かが、最も重要な問題と考えられるとし、多くの鑑定人(精神医学、性医学等)の鑑定結果や、内外の文献等に徴して、性的倒錯者に対する性転換手術は、その性格上それはある一定の厳しい前提条件、ないし適応基準が設定されていなければならない等で、こうした基準を逸脱している場合には、現段階においては、やはり治療行為としての正当性を持ち得ないと考えるが、現在日本においては、性転換手術に関する医学的研究も十分でなく、医学的な前提条件、ないし適用基準はもちろん、法的な基準や措置も明確でないが、性転換手術が法的に正当な医療行為として、評価され得るためには、少なくとも次のような条件が必要と考えると、裁判所の性転換手術に対する考え方を示した。 (イ) 手術前には精神医学ないし心理学的な検査と、一定期間にわたる観察を行うべきである。 (ロ) 当該患者の家族関係、生活史や将来の生活環境に関する調査が行われるべきである。 (ハ) 手術の適応は精神科医を加え、専門を異にする複数の医師により検討されたうえで決定され、能力のある医師により実施されるべきである。 (ニ) 診療録はもちろん、調査、検査結果等の資料が作成され、保存されるべきである。 (ホ) 性転換手術の限界と危険性を十分理解し得る能力のある患者に対してのみ手術を行うべきであり、その際手術に関し、本人の同意は勿論、配偶者のいる場合は配偶者の、未成年者については一定の保護者の同意を得るべきである。
そこで本件手術に対しては、被手術者は何れも性転向症者であると推認することができるので、表見的には治療行為としての形態を備えていることは否定できないであろうが、正当な医療行為として許容される為の前記の条件に照らしてみるに、多くの点で条件に適合していない。即ち格別迫った緊急の必要もないのに、自己の判断のみに基づいて、依頼されるや十分な検査調査もしないで手術を行ったことは、なんとしても軽率の誹りを免れないのであって、現在の医学常識から見て、これを正当な医療行為として容認することはできないものというべきであると判断したのである。