法的解釈と生物学的常識の間で揺れた判決「元女性は子の父親になれるか」…性同一性障害者の原告は怒った

9.21.産経
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130921/waf13092112000017-n1.htm
法的解釈と生物学的常識の間で揺れた判決「元女性は子の父親になれるか」…性同一性障害者の原告は怒った
2013.9.21 12:00 (1/4ページ)[関西の議論]

 法的な親子関係を決める根拠は何か。性同一性障害で女性から性別変更した兵庫県宍粟(しそう)市の自営業の男性(31)が「第三者精子による人工授精」(AID)により妻(31)との間にもうけた次男(1)との親子関係の確認を求めた訴訟では、「家族」のかたちが問われた。大阪家裁は9月13日の判決で、「立法論としては父子だと認めることは考えられる」としながらも、その法律がないため、「妻との性交渉で次男をもうける可能性がない」と請求を棄却。専門家の間では「血縁だけで決めていいのか」「生殖能力がない以上、親子関係を認めるべきではない」と評価が分かれている。


焦点は民法772条


 「そんなに血のつながりが大事なのか。血がつながった親子でも虐待が起こるケースもある。僕は愛情を持って子供を育てていて、それが一番の親と子の関係ではないか」

 男性は13日の判決後、大阪市内で記者会見して判決を批判。「ものすごく腹が立っている。性同一性障害者を差別していると強く感じる」と憤りをあらわにした。

 判決などによると、男性は平成20年3月、性同一性障害特例法に基づき、家裁の審判を受けて女性から性別を変更し、同4月に妻と結婚。AIDによって21年11月に長男、24年5月に次男が生まれた。

 男性は同6月、次男を正式な夫婦の子である「嫡出子」として、出生届を本籍地の東京都新宿区に提出。しかし、男性の戸籍には性別変更の事実が記載されており、区は男性に生殖能力がないとして、職権で戸籍の次男の父親欄を空白にした。

 男性は今年4月、裁判所に親子と直接認めてもらうため、大阪家裁に今回の訴えを起こした。

 判決で焦点になったのは、民法772条の以下の規定だ。

 《妻が婚姻中に懐胎(かいたい)した子は、夫の子と推定する》

男性側は訴訟で、次男は男性と妻が結婚してから生まれた子であり、772条の規定にしたがって、嫡出子とされるべきだと主張していた。

 また、生来の男女の夫婦がAIDでもうけた子は、戸籍窓口で嫡出子として受け付けされていて、扱いが異なるのは法の下の平等を定めた憲法14条にも違反するとしていた。


「パパ」の二文字


 6月21日の大阪家裁での第1回口頭弁論。法廷の原告席には男性と長男、被告席には妻と次男がそれぞれ座り、向かい合っていた。

 男性は意見陳述で、子供との生活ぶりを話した。

 毎日風呂に入れたり、着替えやおむつ替えをしたり、絵本を読んだり。休日には家族で買い物をするほか、公園に遊びに行く。年に一度は家族写真を撮り、子供たちの成長を感じているという。

 「長男だけでなく、次男も『パパ、パパ』と言って抱っこをねだったり、体を寄せ付けてくる。たった二文字でも、こんなに心が温かくなる言葉はない」

 そして最後に「次男は僕を必要としていて、僕を父としないのは子供にとってもつらく、悲しいことではないか。父としての日常を見ず、書類で決めて、いったい何が分かるのか」と訴えた。

 裁判は即日結審。約3カ月後の9月13日に判決を迎えた。法廷には6月と同様、男性と長男、妻と次男が向き合って座り、裁判官が主文を言い渡した。

 「原告の請求を棄却する」

 裁判官は判決理由で、772条にいう「妻が婚姻中に懐胎した子」が、夫との性交渉でもうけた子供であることを前提にしていると指摘。「原告の男性が性別を変更した事実は戸籍上明らかで、妻が男性との性交渉によって次男を妊娠することはあり得ず、772条は適用されない」と判断した。

 生来の男女がAIDでもうけた子の出生届については、「戸籍の記載からAIDの子かどうかは明らかでなく、戸籍担当者が形式的審査で民法772条の要件を満たしていると認定しているにすぎない」と指摘。生来の男女の夫婦であっても、AIDの子に772条は適用されるとはいえず、「差別はない」とした。


家族の結びつきとは


 法務省によると、性同一性障害者の男性がAIDでもうけた子の出生届は、19〜24年度で計30件。24年度だけで11件あり、増加傾向にある。ただ、いずれも戸籍上は「非嫡出子(婚外子)」として扱われている。

 家族の形態が多様化しているといわれる中、専門家は今回の判決をどう見ているのか。

 棚村政行・早稲田大教授(民法)は「性同一性障害に苦しむ人を救済しようとした特例法の趣旨に反する判決だ」とした。

 棚村教授がいう「性同一性障害特例法」では、性別変更の審判を受けた者に民法などの法律を適用する際は、変更後の性別とみなすとされている。

 「男」と認められたにもかかわらず、「父」とされないのは不合理だというわけだ。

 棚村教授は「AIDで生まれた子に責任や罪はない。血がつながっていなくても、心理的、社会的に結びついているなら、法的な親子関係を認めるのが妥当だ」と指摘する。

 一方で、水野紀子・東北大教授(家族法)は「性同一性障害者とAIDの子の間で父子関係を認めるべきではない」と、判決と同様の見方だ。

 「性同一性障害の男性の戸籍には性別変更の事実が記載されており、AIDの子が戸籍をみれば男性を父と信じることはできず、家族関係で悩むことになる。そうしたことが想定されるケースで、父子の身分関係を与えるべきではないとの判断が背景にある」

 判決は「夫の同意を要件として、AIDの子との間に父子関係を認めることは立法論として十分に考えられる」と、一定の理解を示した。だが、その立法が存在せず、男性の請求は退けられた。

 「行政と裁判所にたらい回しにされた。数は少ないかもしれないが、一生懸命何かをしようとしている人を、どこも救ってくれない」と話す男性。判決翌日の14日付で、大阪高裁に控訴した。