境界を生きる:同性愛のいま/1 「気持ち悪い」に自分偽り


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境界を生きる:同性愛のいま/1 「気持ち悪い」に自分偽り
毎日新聞 2013年02月18日 東京朝刊

 ◇教師、友人からも偏見や差別 苦しさ吐き出せる場必要
 男性は女性を愛し、女性は男性を愛するもの−−。「異性愛」を前提とした社会の中で、同性愛者は時に差別の対象とされ、自分の本当の姿を偽ることを強いられてきた。生きづらさを抱える人がいる一方、彼らを取り巻く状況に、ここへ来て変化の兆しも見えてきた。【丹野恒一】

 「同性愛者って気持ち悪いよな」

 神奈川県に住む高校2年生の七海さん(17)=仮名=は、中学3年時の保健体育の授業で男性教諭が薄笑いを浮かべて発した言葉が、今も耳に残っている。

 授業のテーマはエイズレズビアン(女性同性愛者)の七海さんは、軽い気持ちで「同性愛者も性感染症になりますか」と質問した。

 「なると思うよ。それにしても同性愛者って……」

 残酷な言葉が返ってきた。

 それまでは友達とのおしゃべりでも「男の子より女の子の方が好き」と自然に話せていた。だが、あの一言で「私は『気持ち悪い』と思われる種類の人間なんだ」と思い知った。授業が終わると、こらえていた涙があふれ出した。

 女子の友達が好きな男性の話題で盛り上がると、いたたまれなくなる。「芸能人で好きなのは誰?」と聞かれるのも怖い。一瞬でも戸惑ったら変に勘ぐられる、と思ってしまうのだ。「松山ケンイチさん!」。即答できるよう、あらかじめ決めてある。でも、うそで覆い隠した自分が段々嫌になる。

 ゲイ(男性同性愛者)で法政大3年のマコトさん(23)は、小学3年の時に同級生に「オカマ」と言われたショックで、卒業直前まで不登校になった。中学では一番の友達と思っていた男子生徒の「女っぽいくせに」という言葉が胸に刺さり、半分は不登校に。高校時代は「いっそしゃべらなければいいんだ」と、人間関係を拒絶して乗り切った。

 大学では友達も恋人もできた。でも「彼氏とデートした」とは、やはり言えない。いちいち「彼女と」と言い換えるのに疲れ、教室から足が遠のいた。1年留年した。

    ◇

 「人を好きだという気持ちを友達と共有できれば、自分をより高められる。同性愛の子どもたちはそれができない」

 横浜市で性的マイノリティー(LGBT)向けのコミュニティースペース「SHIPにじいろキャビン」(http://www2.ship-web.com)を運営するNPO法人「SHIP」の星野慎二代表(53)はため息をつく。

 性的マイノリティーの中で、同性愛の人たちは性同一性障害以上に、強い偏見や差別にさらされてきた。SHIPは高校生や教職員にLGBTを理解してもらう出張授業をしているが、学校側の依頼は「性同一性障害について」が圧倒的に多い。
性同一性障害は病気という位置付け。性別変更に関する法律があり、メディアでも取り上げられる。同性愛者は趣味嗜好(しこう)の問題と片付けられるか、まるで存在していないかのように無視されるのです」

 学校だけではない。NPO法人「レインボープライド愛媛」は昨年の衆院選で各政党に、性的マイノリティーの人権に関するアンケートを行った。この調査で自民党は、性同一性障害に対する施策は必要と認めたが、同性愛者への対応は「必要ない」と答えた。

 「ホモもレズも消滅してほしい」「生殖しないゴミに税金使っても意味ないじゃん」。インターネットの掲示板には、今も同性愛者への差別的な書き込みがあふれている。

    ◇

 つらい環境に耐えかね、自ら死を選ぶ同性愛者も少なくない。宝塚大看護学部の日高庸晴准教授らが01年、大阪市で若者2095人を対象に自殺未遂の経験を尋ねたところ、同性愛や両性愛の男性は、異性愛の男性と比べ、自殺を図ったことがある率が約6倍も高かった。

 多くの同性愛者は、身近な人にもカミングアウト(告白)していない。誰にも言えずに自殺してしまえば、原因は特定できないままになる。苦しさを気兼ねなく口にできる存在が不可欠だ。

 自らもゲイである心理カウンセラーの村上裕さん(31)は08年から、東京都中野区で「カウンセリングルームP・M・R」(http://www.pmr-co.com)を開いている。今年1月には「ゲイの心理カウンセラー養成講座」も始めた。

 自分も10代のころ、自殺を考えるほど苦しんだ。あの時もし、同じ立場のカウンセラーがいたら、どれだけ救われたか−−。そんな思いが背中を押したという。

 「先月笑っていた人が、今月にはいなくなっている。ゲイの世界ではそれが当たり前になってしまう。死のうとしている人が『もう少し生きてもいいかな』と思えるような言葉を使えるゲイのカウンセラーが必要なのです」=つづく

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 ◇同じ性別、恋愛対象
 同性愛とは、自分と同じ性別の人が恋愛の対象になること。病気とは異なり、治療できるものではない。レズビアン、ゲイ、両性愛バイセクシュアル、トランスジェンダー(疾患名は性同一性障害)の頭文字から取った総称として「LGBT」という言葉も使われる。

 電通総研が昨年2月、20〜50代の約7万人を対象に行ったインターネット調査によると、自分がLGBTのいずれかと答えた人が5・2%いた。カミングアウトしていない人は、同性愛・両性愛の男性が51・9%、女性が57・3%だった。

一般の人にLGBTの当事者に対する気持ちを尋ねたところ「つい偏見を持ってしまう」と答えたのは、女性が24%だったのに対し、男性は43・3%。性別による差がはっきり出た。「隠さずに話してほしい」と答えたのも、20〜30代の女性が68%だったのに対し、40〜50代の男性は41・3%にとどまった。

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 ◇連載の単行本出版
 連載「境界を生きる」は09年秋にスタート。染色体やホルモンの異常により性別がはっきりしないことがある「性分化疾患」や、性同一性障害の子どもの苦悩などを取り上げ、性の多様性を問いかけてきた。26日にはこれまでの連載に大幅加筆した単行本「境界を生きる 性と生のはざまで」が、毎日新聞社から出版される。