生殖機能も“移植”? 倫理的課題も

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生殖機能も“移植”? 倫理的課題も
産経新聞 2月21日(月)16時8分配信

【ボーダー その線を越える時】第2部 性(3)

 昨年3月、車内でハンドルを握る妻に「子供がいてもいいかも」と話しかけた。驚いた妻は「いいの?」と聞き返した。8月、妻は第三者精子を使う非配偶者間人工授精(AID)で妊娠した。

 かつて女性だった神奈川県の自営業の夫(35)は、性別適合(性転換)手術を経て性別を変更。同じ年齢の妻は以前から子供を産んで育てたいと思っていたが、「他人の精子をもらうことは夫を否定することになると思い言い出せなかった」。そんな妻の様子を感じ取った夫が切り出したのだ。

 妻のおなかの中では最近、毎日のように赤ちゃんが動く。妻は喜びをかみしめる。出産予定日は今年5月。夫は赤ちゃんの入浴方法などを学ぶ教室に通い、心の底から「俺の子供だ」と思っている。

 「戸籍がない状態を目の当たりにして、子供の存在も否定されている感じがする」。昨年12月、東京・永田町で開かれた記者会見。性別変更した関東在住の男性は言葉を詰まらせた。

 男性夫妻には昨年、AIDでもうけた乳児がおり、嫡出子として出生届を出そうとしたが受理されなかった。会見には同じ境遇で子供が無戸籍となっている大阪府の会社員、前田良(28)と、あの神奈川県の夫婦の姿もあった。

 民法772条には「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と書かれており、夫婦の間に生まれた子供は嫡出子と認定される。法務省によると、772条はAIDによる出産を想定していないが、出生届を受ける窓口ではAIDによる出産か確認できず、嫡出子としての届け出が受理されるのが一般的だ。

 しかし、性別変更した男性が夫の場合は戸籍の記載で性別変更が分かるため、「夫の子でないことが明らかであり、今の法制では非嫡出子として受理する」(法務省担当者)という。

 「改善に取り組む」。平成22年1月、当時の法相、千葉景子は明言した。だが法務省は現在、「厚生労働省がAIDを含む生殖補助医療に関するガイドラインを定めた後、親子関係の法制に関する検討が進められる」との立場だ。

 ゲタを預けられた格好の厚労省は「生殖補助医療に関する法規制は行政機関ではなく、国会で議論されるべきだ」と主張。両省の主張はかみ合わず、無戸籍児への対応は棚上げ状態だ。

 この状況下、神奈川県の夫婦は子供を嫡出子として届け出るつもりだが、受理される見込みは低い。「AIDで生まれたほかの子供と平等に扱ってほしい」

 精巣や卵巣を摘出する手術は患者から生殖能力を奪う−。この常識を覆そうとしているのが、岡山大病院形成外科の准教授、難波祐三郎(50)だ。

 5年前からラットを使って精巣と卵巣の移植実験を始めた。異性間移植が成功すれば、性同一性障害を抱える患者が定期的に続けるホルモン投与をしなくて済むという発想が出発点だ。

 すでに雄ラット同士の精巣移植は成功しており、移植後の精巣からは新たに男性ホルモンと精子が作られている。

 性転換する女性に、男性から性転換する患者の精巣を移植し、自らの遺伝子を持った男性ホルモンと精子を形成する−。難波はそんな未来像を思い描いてこういう。「生まれてきた以上、自分の遺伝子を残したいのは本能だ」

 本来は不可逆である生殖機能を性転換患者に移植することは、“神の領域”への侵食とならないか。性の境界では今、新たな倫理的課題が人類に突き付けられている。   =敬称略

 ■非配偶者間人工授精 第三者精子を妻の子宮に注入し、妊娠・出産を試みる生殖補助医療。英語の「Artificial Insemination by Donor」の頭文字を取り、AIDと略される。国内では昭和23年に初めて実施され、1万人以上が生まれたとされる。日本産科婦人科学会ガイドラインでは、(1)対象は法的に婚姻している夫婦(2)精子提供者は匿名とし、医師は提供者の記録を保存する(3)営利目的での精子提供を禁止−などを定めている。

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