ほんとの対話 ズッカー&ブラッドレー著、『性同一性障害 児童期・青年期の問題と理解』

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こころの科学 (2010年11月号) 154号 114P
ほんとの対話 ズッカー&ブラッドレー著、『性同一性障害 児童期・青年期の問題と理解』 評者・針間克己



本書は、1995年に発行された、「Gender Identity Disorder and Psychosexual Problems in Children and Adolescents」の訳書である。
 日本語訳は「性同一性障害」のタイトルが大きく書かれ、サブタイトルが小さな文字で、「児童期・青年期の問題と理解」と記されている。実際の内容は、英語タイトルどおり「児童期・青年期における性同一性障害と性心理的問題」についての本である。
「性心理的問題」というのは、かなり幅広い意味を含有する表現であるが、実際には、同性愛に関する記述がその中心を占める。というのも、児童期の性同一性障害は、その後の追跡調査で、同性愛になる場合が多いことが知られているからである。
 このように、この本は「児童期・青年期における性同一性障害とその後の同性愛」を中心に記したものであるが、その最大の特徴は、筆者らの提唱する治療方針にある。
その方針とは、「性同一性障害児」に対し、性典型的行動をとるように行動療法をすることである。すなわち、たとえば女児的ふるまいをする男児の「性同一性障害児」に対し、男児としての性典型的行動をとるように、行動療法を行う。具体的には、男児的遊びをすれば、ほめ、女児的遊びをすれば、無視する、といったかかわりを持つようにする。
 大人の性同一性障害では、心の性別を尊重し、心の性別に合わせるように身体的治療が行われている。著者らの提唱する、児童・青年に対する治療方針はその逆なのである。
 こういった治療方針には、反対論や批判も強くある。
 しかし、そういった批判に対しては、次の理由から正当性があると、筆者らは、主張している。
・いじめの軽減
・基底にある精神病理に対する治療
・成人期の性同一性障害の予防
・成人期の同性愛の予防
 これらの正当性の主張の中で、最後の「同性愛の予防」に関しては、同性愛が精神医学的異常とみなされていない今日、正当性の理由になるのかという批判が当然出てくる。その批判に対しては、筆者らと同様の治療を児童・青年期の性同一性障害に行っている、精神医学者のグリーンの次のようなコメントを紹介している。
『子どもの成長を監督する親の権利は古くから認められてきた原則である。できるかぎり異性愛者になるよう育てようとしてはならないと誰が言えるであろうか。もし、その特権が否定されるなら、子どもを無神論者に育てる権利も、聖職者に育てる権利も否定されるべきということなのだろうか。』
結局、本書の趣旨を平たく要約すると、「子どもの性同一性障害は、将来、性転換者や同性愛になるかもしれないので、それを予防するため、典型的な性行動をするように行動療法を行うべきだ」と思われる。
 原著の発行はすでに述べたように1995年であるが、小児の性同一性障害に関しては、その後も、
「子どもが典型的な性行動をとらないだけで、性同一性障害という精神疾患といえるのか」
といった疾患概念そのものへの疑問や、
「典型的な性行動をとるような治療は妥当か」
といった、治療方針への疑問が現在まで続いている。
 日本においては、小児の性同一性障害への関心はここ数年急速に高まっている。医学的には、心の性別に身体を一致すべく、ホルモン療法の早期開始が議論され始めている。社会的にも、平成22年4月、文部科学省から、教育委員会へ小児の性同一性障害への対応の通知がなされた。望みの性別での登校や制服が認められたという、マスコミ報道もいくつかなされた。すなわち、日本では、子供の性同一性障害に関しては、その子の心の性別を尊重するように医学的にも社会的にも対応が取られる方向にある。
そのような中、心の性別ではなく、体の性別にあった性行動をとるような治療を主張するこの本が翻訳され出版されたことは、今後の日本における子供の性同一性障害治療のあり方に、大きな一石を投じるものとなろう。

性同一性障害――児童期・青年期の問題と理解

性同一性障害――児童期・青年期の問題と理解