自分の性に違和感がある――――[性同一性障害]…針間克己
こころの科学Special Issue 入門 子どもの精神疾患 ――悩みと病気の境界線 .P100-104,日本評論社
http://www.nippyo.co.jp/book/5685.html
はりまメンタルクリニック 針間克己
はじめに
性同一性障害は、我が国では長らくタブー視され、医学的関与もほとんどなされていなかったが、1998年に埼玉医科大学で性別適合手術(いわゆる性転換手術)が行われて以降、状況は大きく変化した。複数の大学病院で性同一性障害治療のためのジェンダー・クリニックが設立され、民間でも、精神科クリニックや形成外科などで治療が取り組まれるようになった。主要な医療機関を受診したものは、2007年末までに延べ7000人を超えている。1)また、2003年には、性同一性障害者の戸籍の変更を可能とする「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律も制定された。2)3)この法律により、戸籍変更をしたものは、2009年末までに、1711人である。さらには、性同一性障害であることを公表した政治家や芸能人の活躍もあり、世間的にも広く認知されるようになった。
このような状況の中、性同一性障害を主訴として受診するものは、増えているように感じられる。筆者は2008年4月にメンタルクリニックを開業したが、2010年末までに、2000人を超すものが性同一性障害を主訴に受診している。また、中高生ら思春期の若者が受診することも珍しくない。しかしながら、これら主訴としての「性同一性障害」、のすべてが、性同一性障害と診断されるものでもない。性別違和がある場合に、すぐに「性同一性障害」という診断名に結び付けられる傾向にあるのが現状である。また、筆者は、中学や高校の教員らに、性同一性障害についての講演を行う機会も多いが、教育現場においても、性別違和を抱える生徒は稀ではなく、学校としては、どのように対応すべきか苦慮しているとも聞く。本稿では、思春期における性別違和について論じ、医療機関にどのような場合に受診させるべきかや、教師や親の対応について考えていきたい。
思春期における性別違和
人生のそれぞれのステージで、性別違和は起こりうるが、特に思春期は、性別に違和に関する多くの問題が生じる時期である。ここではまず、思春期における性別違和のいくつかの側面を見てみることにする。
(1) 思春期は体が変化する時期である。
思春期が始まるまでは、男性と女性の違いは「おちんちんがあるかないか」くらいのことであり、それすらも、普段は服を着ている限りはわからない。
しかし、思春期が始まると、男女の体の違いははっきりしたものになっていく。男性はひげが生え、声変わりをし、骨格ががっしりし、ペニスが大きくなり、射精もするようになる。女性は乳房が膨らみ、体が丸みを帯び、骨盤が発育し、生理が始まる。
このように自分の体が変化していくことに、性別違和を感じることがある。自分の体を嫌悪したり、変化が進まないように無理なことをしたりすることがある。男性であれば、生えてくるひげやすね毛を抜いたり、低くなった声を発したくなくて、無口になったりする。女性であれば、胸のふくらみが目立たないように猫背になったり、筋力トレーニングをしたり、生理が来ないように原料目的で食事量を減らしたりする。また自分の裸や体型を見せたくなくて、身体検査や旅行の大風呂入浴や、水着になるプールを避けたりする。
また自分の体の変化だけでなく、友人たちの体が男らしく、女らしく変化することで、男女の違いをはっきりと意識させられて、自分が取り残されたり、仲間から外れた気持ちとなり、性別違和を感じることもある。
(2) 思春期は学校でも男女の違いがはっきりする。
小学校生活では、男女の区別がはっきりする場面はそれほど多くはない。しかし、中学校からは、学校生活で男女の違いがはっきりする。
第一に制服である。性別違和があると、セーラー服や学ランを着ることに強い嫌悪感を持つことが多い。そのためジャージで通学したりして、あえて着崩した制服の着方をすることもある。その結果、教師から強くしかられたり、不良のレッテルを張られたりして、結果的に不登校になるケースも珍しくはない。
ほかにも、列、体育、座席、部活などさまざまな場面で男女の区別が強くなる。そのような一つ一つの区別に性別違和を感じ、本来は勉強やスポーツが好きな人でも、学校生活が苦痛となることも多い。
性別違和があると、高校では制服をないところを選ぶ人もいる。また、中学や高校生活は苦痛であったが、男女差のゆるい大学生活は比較的楽しめた、という話もよく聞くケースである。
(3) 思春期は恋愛感情が強くなる。
思春期は恋愛感情が強くなる時期でもある。同性を好きになる場合、このころにははっきりと自分が同性が好きであることを意識するようになる。一般に異性を好きになる人が多い世の中で、同性を好きになる場合は肩身の狭い思いをしたり、自分自身に偏見を感じたりすることもある。すなわち、「女性の自分が女性を好きになるなんておかしいんじゃないだろうか」と悩んだりする。あるいは、友達の会話で本心がばれないように、好きでもない異性を好きだといってみたり、無理して異性と付き合ったりすることもある。
そういった結果、友達の会話の中で疎外感を味わったり、無理に付き合うことで自己嫌悪が高まったりする。
さらには、そういった自分の感情を全部押し殺そうとして、自分が自分でないような感覚へとなっていくこともある。
また本来は同性愛者なのに、「自分が女性を好きになるのは、自分の心が男性だからではないか」といった具合に、性別違和の問題として本人が捉えていることもある。
(4) 思春期はアイデンティティがまだ不確実である。
思春期というのはアイデンティティ、つまり「自分が何者であるか」が作られている最中であり、それは性別のアイデンティティに関しても同じである。
すなわち、「自分の心の性別は男性だ」「自分の心の性別は女性だ」と思っていても、それが揺らいだり変わったりする可能性がまだ大きい時期だということである。
性同一性障害という診断基準を満たさないものでも、思春期に、大人の体へと変わっていく自分を受け止めきれず、自分の身体に嫌悪感をもつケースは少なくはない。
また、前述したように、ゲイ・レズビアンといった同性愛の人が、同性を好きになる自分の気持ちが十分に理解できずに、「自分は性同一性障害ではないか」と思ってしまうケースもある。
近年、性同一性障害の関する多くの報道や情報があふれた結果、ちょっとした性別違和があるだけで「自分は性同一性障害だ。治療を受けて戸籍も変えたい」と思う人が増えている印象もある。
思春期のアイデンティティの不安定さを考えると、早急に結論付けるのではなく、アイデンティティが固まるのを慎重に見ていく必要がある。
2.どのような時に医療機関を受診させるべきか
ここからは、どのような時に医療機関を受診させるべきかについて述べる。ただ、それについて論じる前に、留意すべきことは、医療機関に受診させさえすればよいわけではないことだ。医学的疾患の多くのものは、早期発見・早期治療により、疾患の悪化を防ぐことができる。しかし、性別違和に関しては、早めに医療機関を受診させさえすればよいわけではない。本人の心の準備が伴わないうちに医療機関を受診させれば、「病気扱いされた」と、逆に心に傷つけるかもしれない。あるいは、自分の問題を親や教師が向き合ってくれずに、医療機関に問題を回された、と感じるかもしれない。また、自分の中でとどめておきたい悩みが、医療機関という他者へと伝わっていくことに不安を覚えるかもしれない。
このようなことを考えると、医療機関に相談することが必ずしも常にベストの選択とは限らない。しかしながら、医療機関を受診させた方がいい場合もある。筆者の考える条件のいくつかを挙げていく。
(1)本人が希望する
本人が医療機関受診を希望する場合には、その希望に沿い、医療機関を受診させることが望ましい。筆者のクリニックに中高生が受診する場合、自ら希望して受診することが多い。性別違和を訴え、受診する中高生のすべてが、性同一性障害の診断基準を満たすわけではないが、本人に受診動機がある場合には、受診により、本人の苦悩の軽減に役立っていると感じる。とにかく自分の話を聞いてもらいたかった、自分の性別違和が専門家から見てどう見えるのか知りたい、今後のことを考える上で医学的情報を知りたい、などその受診動機はさまざまである。どのような動機であれ、本人自らが希望する場合は、本人のアイデンティティ形成や、今後のことを考えていく上で、医療機関受診は有用と思われる。
(2)自傷行為などの他の症状が出現している
思春期に性別違和がある場合、自殺念慮や自傷行為といった自殺関連事象が伴う場合がある。
性同一性障害者1,138名に対してて筆者が行った自殺関連事象を調査4)では、自殺念慮は62.0%,自殺企図は10.8%,自傷行為は16.1%,過量服薬は7.9%にその経験があった。自殺関連事象の経験は思春期にピークを迎えていた。(表1)思春期に自殺関連事象がピークを迎える理由としては、典型的な性役割とは異なる行動をとることや同性への性指向を持つことによるいじめ,社会や家族からの孤立感,思春期に日々変化していく身体への違和,失恋により性同一性障害であるという現実をつきつけられること,世間の抱く性同一性障害者に対する偏見や誤ったイメージを自らも持つ「内在化したトランスフォビア」,将来への絶望感などがある。
また自殺関連事象だけでなく、抑うつ不安感、摂食障害、飲酒・薬物依存などが伴うこともある。これも自殺関連事象と同じ、思春期における性別違和がその要因として考えられる。
性別違和を周囲に言えず、SOSサインとして、これらの症状が出ている場合もあれば、周囲に言っても、十分の理解が得られず、これらの症状が出ていることもある。こういった状態の場合には、周囲の親や教師は、その苦悩を受け止めるとともに、医療機関を受診し症状の軽減を図っていくことが望ましい。
(3)不登校や学校での不適応が見られる
性別違和により、不登校や学校での不適応が見られる場合がある。前述したように、学校生活は、制服、着替え、体育、水着、部活など男女分けされる機会が多く、友人関係も同性、異性を強く意識したものとなり、性別違和があると学校生活での適応が困難になることも多い。このような場合、筆者としては、まず学校で本人の希望をよく聞き、できるだけその希望に沿った形で、適宜、柔軟に対応していただけたらと思う。学校レベルでの対応が十分で適当なものであれば、それにより適応しながら学校生活を送れるようになることも多い。
ただ、反対の性別の制服の着用、反対の性別のトイレの使用など、学校だけの判断ではなかなか対応できない場合があるのも事実である。このようなときは、医療機関を受診することで、医学的診断・意見として、「性同一性障害により望みの性別の制服着用が望ましい」などの診断書が出されることにより、学校側の対応が可能になることもある。その結果、欠席がちであった生徒がまた出席できるようになるのは、筆者の受診者の中でもよくあるケースである。
3.親・教師に望むこと
最後に、親・教師に筆者が望むこと、および学校生活での具体的対応について述べる。
(1) セクシュアル・マイノリティの存在を意識する
性別違和を抱える人の人数は、はっきりしないが、恋愛の対象が同性である同性愛者は人口の数パーセントにいる。すなわちクラスに40人生徒がいれば、ひとりは同性愛者がいても不思議ではないという計算になる。教師や親が、同性愛者や性別違和を抱えるものをバカにしたり、悪口を言ったりしていれば、実は身近にいるそういった生徒は、傷つき悩みを深めるだろう。逆に理解のある教師や親が近くにいれば、いずれ悩みを相談できるだろう。いま目の前にはっきりとした形では、セクシュアル・マイノリティの人がいないとしてもても、実は身近にいることを忘れずに日々過ごしていただきたい。そのような大人が身近にいれば、セクシュアル・マイノリティの若者が、いたずらに自己を否定したり、苦悩を深めることなく、自分自身に向き合っていく助けとなるだろう。
(2)悩みを打ち明けられたら、まっすぐに受け止める
性別違和があることを打ち明けることは、「カミングアウト」といって、本人には勇気のいることである。多くの場合、打ち明ける相手を信用しているからこそ、打ち明けるのである。打ち明けられたら、「自分は専門家ではないから」と、困るかもしれない。しかし、親として、あるいは教師として受け止めればよいのである。話をきちんと聞かずにそらしたり、自分はわからないからとすぐ医療機関に紹介しようとせずに、ゆっくりまっすぐに話を聞いてあげてほしい。多くの場合、話を十分に聞いてもらえたということだけで、違和感のかなりの部分が和らぎ、今後についても現実的に考えていく助けになるのである。
その上で、上述したような理由から医療機関受診が望ましい場合には、本人とも相談したうえで、医療機関の受診を勧めるのがよい。
(3) 学校生活での具体的対応
性別違和を抱える生徒が学校生活を送る上で、いくつかの具体的対応策を記す。これらは、マニュアル化すべきものでなく、いずれも生徒と相談の上で決めていくべきことではあるが、対応のヒントとして記すことにある。
・制服:男子制服や女子制服の着用を嫌悪することがある。望みの性別での制服着用が困難な場合は、スカートからズボンへの変更、ジャージ着用、制服らしく見えるシャツ・ズボンの着用などが望ましい。
・水着:水着着用も嫌悪することが多い。水泳の代わりに他の陸上での運動への切り替え、あるいは指定の水着ではなくラッシュガードやウェットスーツタイプの水着であれば、着用が容易になることもある。
・更衣室:更衣室は男女いずれにおいても問題になることがあるので、個室(空き部屋等の活用)での更衣が望ましい。
・トイレ:トイレも男女いずれの使用も問題になりやすいので、職員用トイレの使用を許可するなどの対応が望まれる。
・健康診断:健康診断は最初や最後など時間をずらして受けることが望ましい。
・宿泊行事:修学旅行等の宿泊行事では、誰と同室になるか、と入浴が問題になる。部屋については、気の合った友達と同室にする、養護の先生などと同室するなどの対応が考えられ、入浴に関しては、大風呂だけでなく、部屋にも風呂があることが望ましい。
おわりに
思春期は二次性徴が進展するだけでなく、勉強やスポーツに励み、友情をはぐくんでいく、人間の成長に大事な時期である。性別違和により、その貴重な青春時代が、苦悩によってのみ塗りつぶされていくことがないように、親や教師の温かい対応を望む。
文献
1)針間克己:性同一性障害. 精神科臨床サービス, 第9巻4号,526-529p,2009
2)南野知惠子:[解説]性同一性障害者性別取扱特別法.日本加除出版,東京,2004
3)針間克己,大島俊之,野宮亜紀:性同一性障害と戸籍.緑風出版,東京,2007
4)針間克己,石丸径一郎:性同一性障害と自殺.精神科治療学 25(2):245-251,2010

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