子どもの性同一性障害:/上 「なんで男の体なの」と涙

毎日新聞 2010年2月15日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/science/news/20100215ddm013100014000c.html
子どもの性同一性障害:/上 「なんで男の体なの」と涙
 埼玉県の小学2年の男児(8)が身体的な性と心の性が一致しない性同一性障害GID)と診断され、学校に女の子としての登校を認められて5カ月になる。本人や親はどんな悩みを抱えてきたのか。学校や医師はどう受け止めたのか。今回の例を機に、子どものGIDについて考えた。【丹野恒一】

 ◇診断から3カ月、学校動く 将来へ、母の不安なお
 児童が5歳の時に写真館で撮った七五三の記念写真は、少し変わっている。りりしい羽織はかま姿のショットが張られた台紙をめくると、茶色い巻き毛を付けてにっこりほほえむ写真が現れる。まるで別人だ。「周りの女の子を見て『ドレスが着たい』と駄々をこねるので、仕方なく許しました。はかま姿の時むっつりしていたのがうそのようにポーズを取り始めて」。母親(46)は振り返る。

 母親はGIDについて、バラエティー番組などで活躍する芸能人を見て何となく知っていたが、このころから「もしかして息子も」と思うようになった。今思えば、幼児の時からままごとが好きで、幼稚園では運動会で男の子が上半身裸になる組み体操を嫌がった。そして小学校の入学前に「女の子の格好で通いたい」と言い出した。

 母親は「はいはい」と受け流しながらも心配になり、友人や母親に相談した。返ってきた答えは「小学校に入れば、男らしくなる」。自分自身も心のどこかでわが子がGIDとは認めたくなかった。「そのうち気持ちが変わるかもしれない。先入観を持たれるようなことは学校には知らせないでおこう」と思った。

 しかし小学校に上がると、児童の性別への違和感はさらに強くなった。スカートをはいて自宅で過ごす週末は落ち着いているが、平日は男の子として学校に行かなければならない。日曜日の昼を過ぎると気分が落ち込み始め、布団に入ってからも「前に穴が開いたパンツは嫌」「立っておしっこするのがつらい」「なんで私だけ男の子の体なの?」と涙を流して訴える。

 日付が変わっても眠らない週末が続き、母親は心を決めた。

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 一昨年10月、母親は自治体の家庭児童相談室を通じて教育委員会を訪ねた。だが「そういう事例の対応マニュアルがないので」と門前払いだった。相談室に専門医の受診をすすめられ、4カ月待ちで昨年2月、初診の日を迎えた。

 受診したのはGID診療で実績がある埼玉医科大のジェンダークリニック。主治医の塚田攻医師は問診を終えると「次回は診断書を出せるでしょう」と告げた。子どもは周囲の言動によって自分を逆の性別と思い込んだり、発達障害が原因で性別の自覚が混乱したりするので、GIDの診断は成人以上に難しい。だが、このケースでは幼少期から一貫して男であることへの違和感があり、診断に迷いはなかった。「むしろ、今にも不登校などの不適応を起こさないか心配だった」

 塚田医師にははがゆい経験があった。かつて診察した子に対し、学校側が「前例がない」との理由だけで制服の変更などを拒み、その子はやむなく退学してしまったのだ。

 今回は学校に呼び掛けるように「女性として扱う配慮が望ましい」と意見を添えて、「性同一性障害」との診断書を書いた。

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 児童が悩みを抱えたまま2年生に進級した昨年4月。校長はその診断書を手に、頭を抱えていた。

 男子として通っている児童を、ある日を境に女子として扱った例など聞いたことがなかった。「何とかしてあげなくては」という思いと「社会的な反響の大きさに耐えられるか」との不安が交錯した。いじめが起きないとも限らない。修学旅行はどうするのか……。考えればきりがないが、母親が切々と語った「もし不登校になったら、自分たちでフリースクールを探します」との覚悟は胸に響いた。

 3カ月間迷った末、校長はその年の7月、担任教諭とクリニックを訪ねた。塚田医師は「時間がかかったな」と思ったが、口には出さなかった。しかし「このまま放置すれば、教育の機会均等を阻害しかねません」とだけはしっかり伝えた。

 親子の願いがようやく通じ、2学期から女の子として通学できることが決まった。

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 児童はいま、伸ばした髪をお気に入りのヘアゴムでまとめ、スカートをはいて毎日元気に学校に通っている。「ITエンジニアになるのが夢なの」。もう以前のように布団の中で涙ぐむこともなくなった。

 それでも母親の不安は解消されたわけではない。「思春期を迎えると、心と体のギャップがもっと広がり苦しむのではないか。中学や高校に進んでからも、今のまま受け入れてもらえるのか。大人になって好きな人ができたら……」

 家族はまだ第一関門を越えたばかりなのだと受け止めている。

 ◇当事者団体が教育機関の柔軟対応求める
 GIDの当事者ら約760人でつくる「性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会」(山本蘭代表)は1月、教育分野での国の政策充実を求める要望書を川端達夫文部科学相に提出した。

 要望書では「学校生活のさまざまな局面で苦痛を感じ、自殺を考えたり就学機会を失う者が出ている」と現状を憂慮。教育機関がどう対応するか、国が指針を示していないことが一因だと指摘した。具体策としては、性別により異なる制服やトイレなどに柔軟に配慮することや、教職員や児童・生徒がGIDへの理解を深める研修会の開催、正しい知識を持ったスクールカウンセラーの配置−−などを求めている。