性同一性障害の患者における性別適合手術後の性機能

針間克己:性同一性障害の患者における性別適合手術後の性機能
精神科治療学 第22巻10号 1163-1167P

http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0102/index.html
http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo01/bo0102/bn/22/10u.html#10


性同一性障害の患者における性別適合手術後の性機能
針間克己

和文抄録
性同一性障害の患者における性別適合手術後の性機能を、MTF(male to female、男性から女性への性別変更者)11名(28-46歳、平均33.9歳)、FTM(female to male、女性から男性への性別変更者)9名(28-46歳、平均36.0歳)を対象として、質問紙を元に調査した。MTFでは11名中8名にパートナーがいた。8名中、6名が性行為を行い、その6名中4名が現在、腟へのペニスの挿入を行っていた。FTMでは陰茎形成術を行った4名中、3名にパートナーがいて、2名が腟へのペニスの挿入を行っていた。陰茎形成術を行っていない5名中4名にパートナーがいて、4名全員が腟へのペニス挿入のない性行為を行っていた。性欲、性器の気持ちよさ、オルガズムの頻度、性的満足、生活全体の満足、それぞれ5段階で評価したが、いずれも肯定的評価が多数を示した。調査結果からは、性別適合手術後の性機能は、性同一性障害の患者にとって満足ができるものと思われた。

Keywords
gender identity disorder, transsexual, sex reassignment surgery, sexual function, questionnaire

英文タイトル
Sexual function of post-op transsexual

はじめに
性同一性障害の治療のひとつとして、身体的性別をジェンダーアイデンティティに近似させるような手術、すなわち性別適合手術が行われることがある1)。
わが国において、どのくらいのものが性別適合手術をこれまでに受けているか、その正確な数値は不明である。しかし、最高裁判所の統計によれば、2006年末までに「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下、『特例法』と記す)によって、戸籍の性別変更を許可されたものは573名である。特例法では実質上、戸籍の性別変更の要件のひとつとして、性別適合手術が行われていることを求めているので、少なくともわが国では、573名を超えるものが性別適合手術をうけたことになる。しかしながら、手術後の結果や効果に対しての追跡調査はわが国では乏しい。特にその性機能に関しては、その追跡調査は筆者の調べた限り、見当たらなかった。性機能の追跡調査がこれまでなされていなかったのには以下のようないくつかの理由が考えられる。①性別適合手術後は、性同一性障害の患者は医療機関を受診しなくなる傾向がこれまであったこと。②手術の目的が「身体的性別をジェンダーアイデンティティに一致させること」であり、性機能が主たる目的とされていないこと。③性機能や性生活について語ることは、性同一性障害を性嗜好の問題と誤解される危惧から、性同一性障害の患者自身が語りたがらないこと、などである。しかしながら、性同一性障害の患者にとっても、性生活はQOLの向上には大きな役割を果たすものであり、性同一性障害の患者自身も術後の性機能は、口には出しにくくても、強く関心を持つものである。2004年7月に特例法が施行されて以降、筆者のもとには裁判所に提出する診断書を求めて、性別適合手術後の性同一性障害の患者が受診するようになった3)。そこで彼らを対象に性別適合手術後の性機能を調査することにした。

方法と対象
2007年5月1日から6月30日にかけて、性別適合手術を終えたMTF(male to female、男性から女性への性別変更者)11名(28-46歳、平均33.9歳)、FTM(female to male、女性から男性への性別変更者)9名(28-46歳、平均36.0歳)に対して、既存の評価尺度2)を参考に筆者が作成した質問紙を元に、直接筆者が質問をし、調査を行った。また、質問紙に関連した内容を自由に述べてもらい記録した。
質問紙による質問内容は以下のとおり。
手術内容、手術をしてからの期間、性的魅力を感じる性別、性的パートナーの有無、性的活動内容。
以下の項目は、現在の状態と、術前との比較を5段階評価で行った。
性欲、性器の気持ちよさ(マスターベーション、腟ペニス結合のないパートナーとの性行為、腟ペニス結合のあるパートナーとの性交時のそれぞれ調査)、オルガズムの頻度(マスターベーション、腟ペニス結合のないパートナーとの性行為、腟ペニス結合のあるパートナーとの性交時のそれぞれ調査)、性的満足(マスターベーション、腟ペニス結合のないパートナーとの性行為、腟ペニス結合のあるパートナーとの性交時のそれぞれ調査)、生活全体の満足。

結果
1)手術内容
MTFでは、11名全員が陰嚢反転法による腟形成。
FTMでは、4名が子宮卵巣摘出術のみ、1名が子宮卵巣摘出術と陰核陰茎形成術、4名が子宮卵巣摘出術と陰茎形成術。4名の陰茎形成術の1名はシリコンチューブの埋め込み、2名は骨皮弁を使用。
2)性的魅力を感じる性別
MTFでは9名が男性に、1名が女性に魅力を感じ、1名は「わからない」だった。
FTMでは8名が女性に、1名が両性に魅力を感じる。
3)性的パートナーの有無
MTFでは8名があり(1名はセックスレス、1名は術後直後で性行為はできず)、3名がなし。
FTMでは7名があり(1名はセックスレス)、2名がなし。
4)性的活動
a.マスターベーション
MTFでは6名が行い、5名が行わず。FTMでは7名が行い、2名が行わず。
b.パートナーとの性行為
MTFでは、3名が主として腟ペニス結合の性交を行い、1名が腟ペニス結合のない性行為とある性交をともに行い、2名が腟ペニス結合のない性行為を行い(そのうちの1名は過去においては腟ペニス結合の性交経験あり)、5名は性行為がない。
FTMでは2名が腟ペニス結合のない性行為とある性交をともに行い、4名が腟ペニス結合のない性行為を行い、3名は性行為がない。
5)性欲(セックスやマスターベーションをしたい気持ち)
MTFでは「非常にある」1名、「ある」3名、「どちらともいえない」4名、「ない」3名、 「全くない」0名。
FTMでは「非常にある」0名、「ある」5名、「どちらともいえない」3名、「ない」1名、 「全くない」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常に増えた」1名、「増えた」1名、「変わりない」5名、「減った」2名、「非常に減った」2名。
FTMでは「非常に増えた」0名、「増えた」1名、「変わりない」3名、「減った」4名、「非常に減った」1名。
6)性器の気持ちよさ
a.マスターベーション
MTFでは「非常に気持ちよい」2名、「気持ちよい」4名、「どちらでもない」0名、「気持ちよくない」0名、「まったく気持ちよくない」0名。
FTMでは「非常に気持ちよい」3名、「気持ちよい」4名、「どちらでもない」0名、「気持ちよくない」0名、「まったく気持ちよくない」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常によくなった」2名、「よくなった」2名、「変わりない」1名、「悪くなった」1名、「非常に悪くなった」0名。
FTMでは「非常によくなった」1名、「よくなった」0名、「変わりない」5名、「悪くなった」1名、「非常に悪くなった」0名。
b. 腟ペニス結合のないパートナーとの性行為時
MTFでは「非常に気持ちよい」2名、「気持ちよい」1名、「どちらでもない」0名、「気持ちよくない」0名、「まったく気持ちよくない」0名。
FTMでは「非常に気持ちよい」2名、「気持ちよい」4名、「どちらでもない」0名、「気持ちよくない」0名、「まったく気持ちよくない」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常によくなった」1名、「よくなった」1名、「変わりない」0名、「悪くなった」0名、「非常に悪くなった」0名、「術前経験なし」1名。
FTMでは「非常によくなった」1名、「よくなった」1名、「変わりない」3名、「悪くなった」0名、「非常に悪くなった」0名、「術前経験なし」1名。
c. 腟ペニス結合がある性交時
MTFでは「非常に気持ちよい」2名、「気持ちよい」2名、「どちらでもない」0名、「気持ちよくない」0名、「まったく気持ちよくない」0名。
FTMでは、2名ともに「気持ちよい」。
7)オルガズム
a.マスターベーション
MTFでは「いつもある」1名、「ほぼある(1/2以上)」1名、「ときどきある(1/2程度)」2名、「たまにある(1/2以下)」2名、「ない」0名。
FTMでは「いつもある」5名、「ほぼある」1名、「ときどきある」1名、「たまにある」0名、「ない」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常に増えた」0名、「増えた」1名、「変わりない」4名、「減った」1名、「非常に減った0名。
FTMでは7名全員が「変わりない」。
b. 腟ペニス結合のないパートナーとの性行為時
MTFではオルガズムに達するまで性行為を行うものは2名。2名とも「ほぼある」。
FTMでは「いつもある」3名、「ほぼある」1名、「ときどきある」1名、「たまにある」1名、「ない」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常に増えた」0名、「増えた」1名、「変わりない」0名、「減った」1名、「非常に減った」0名。
FTMでは「非常に増えた」0名、「増えた」1名、「変わりない」4名、「減った」0名、「非常に減った」0名。「術前経験なし」1名。
c. 腟ペニス結合がある性交時
MTFでは、「いつもある」0名、「ほぼある」2名、「ときどきある」0名、「たまにある」1名、「ない」1名。
FTMでは、「いつもある」1名、「ほぼある」0名、「ときどきある」1名、「たまにある」0名、「ない」0名。
8)性的満足
a.マスターベーション
MTFでは「非常に満足」1名、「満足」4名、「どちらでもない」1名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
FTMでは「非常に満足」3名、「満足」4名、「どちらでもない」0名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常によくなった」3名、「よくなった」1名、「変わりない」1名、「悪くなった」1名、「非常に悪くなった」0名。
FTMでは「非常によくなった」1名、「よくなった」0名、「変わりない」5名、「悪くなった」1名、「非常に悪くなった」0名。
b. 腟ペニス結合のないパートナーとの性行為時
MTFでは「非常に満足」2名、「満足」1名、「どちらでもない」0名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
FTMでは「非常に満足」2名、「満足」4名、「どちらでもない」0名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常によくなった」2名、「よくなった」1名、「変わりない」0名、「悪くなった」0名、「非常に悪くなった」0名。
FTMでは「非常によくなった」1名、「よくなった」2名、「変わりない」3名、「悪くなった」0名、「非常に悪くなった」0名。
c. 腟ペニス結合がある性交時
MTFでは「非常に満足」3名、「満足」1名、「どちらでもない」0名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
FTMでは「非常に満足」1名、「満足」0名、「どちらでもない」1名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
9)生活全体の満足
MTFでは「非常に満足」8名、「満足」2名、「どちらでもない」1名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
FTMでは「非常に満足」4名、「満足」2名、「どちらでもない」3名、「不満」0名、「非常に不満」0名。
手術前との比較。
MTFでは「非常によくなった」7名、「よくなった」4名、「変わりない」0名、「悪くなった」0名、「非常に悪くなった」0名。
FTMでは「非常によくなった」5名、「よくなった」1名、「変わりない」3名、「悪くなった」0名、「非常に悪くなった」0名。

考察
性別適合手術は、MTFFTMともにいくつかの方法がある。MTFの腟形成術は、湿潤が多く性交に適した大腸を用いる方法もあるが、この方法は侵襲が大きいこともあり、全員が陰嚢反転法であった。FTMにおいては、陰茎形成術は治療費が高く合併症も多くリスクが高い。また、現在の特例法では陰茎形成術は、戸籍の性別変更の必須条件でもないことから、9名のうち、4名のみが陰茎形成術まで行っていた。このMTFFTMの手術方法の選択からは、手術の目的は、性交が最優先のものではなく、むしろ性器の外観の変貌や、戸籍変更を含む社会的性別の変更が主目的なことを示している。
MTFでは11名中8名にパートナーがいた。8名中、セックスレスの1名と術後直後の
1名を除く6名が性行為をおこなっていた。この6名中4名が現在、腟へのペニスの挿入を行っていた。残りの2名中、1名はかつては行っていたが、その後、腟腔内が萎縮し、挿入不可能となっていた。パートナーのいる8名中、3名はマスターベーションを行っていなかった。パートナーのいない3名中2名はマスターベーションも行っていなく、性的活動がなかった。術後期間との関連では、術後3ヶ月未満の3名では1名はマスターベーションのみをおこなっていたが、残りの2名はまだ性的活動がなかった。術後3ヶ月以上のもの8名では、4名が腟へのペニスの挿入を現在行い、1名が過去に行っていた。
FTMでは陰茎形成術を行った4名中、3名にパートナーがいて、セックスレスの1名を除く2名が腟へのペニスの挿入を行っていた。陰茎形成術を行っていない5名中4名にパートナーがいて、4名全員が腟へのペニス挿入のない性行為を行っていた。FTMマスターベーションを行わない2名は、パートナーのいるもので、そのうちの1名はセックスレスであり性的活動がなかった。
性欲に関しては、MTFFTMともに、術前と比較して増えたもの、減ったものそれぞれいた。増えた理由として、体を見せることや触れることに抵抗がなくなった、という理由が述べられた。減った理由としては、精巣や卵巣が切除されたことや、手術後、ホルモン療法の投与量も減ったことなどが考えられた。すなわち、性欲に関しては、心理的理由と内分泌学的理由の双方がそれぞれ影響を与えていると思われた。
性器の気持ちよさに関しては、いずれの性行動においても「非常に気持ちよい」「気持よい」と高い評価であった。手術前と比較してマスターベーション時「悪くなった」と答えたMTF1名は「術前と比較して感じる面積が少なくなった」と述べた。腟へのペニス挿入を行う4名のMTFのうち、3名は挿入時に潤滑を得るためのローションを使用していた(残りの1名は確認せず)。マスターベーション時「悪くなった」と答えたFTM1名は「山が小さくなった」と述べた。また、術前と比較して「変わりない」と答えたFTMの中には 「ホルモン療法で陰核が大きくなったときは気持ちよくなった」と述べた。腟へのペニス挿入を行う2名のFTMはともに、「挿入も気持ちよいが、陰茎のつけね(かつてクリトリスのあった部分)を直接に愛撫されるほうが気持ちよい」と述べた。またそのうちの1名は、「陰茎そのものはあまり感覚が乏しい」と述べた。 
オルガズムの頻度はさまざまであるが、FTMではいずれの性行動でも認められた。MTFで、腟へのペニス挿入時にオルガズムのなかった1名は、マスターベーション時にはいつも得られており、「セックスでも相手がうまければオルガズムに達すると思う」と述べた。
性的満足度もMTFFTMともに、おおむね評価はよかった。マスターベーション時「不満」と答えたMTF1名は「術前と比較して感じる面積が少なくなった」と述べたものであった。
生活全体の満足度は、MTFは10名が「非常に満足」「満足」であった。「自分の生き方に確信がもてた」「今はナチュラルでいられる」「人生全体としてやってよかった」「心の障害がなくなり非常に満足」「余計なものがなくなり楽になった」などの意見が述べられた。「どちらでもない」と答えた1名も「自分にとって今が自然な状態なので、逆にありがたみがない」と述べていた。FTMでは6名が「非常に満足」「満足」であった。陰茎形成術を行ったものは「自分自身の安心感を得た」「相手に体を堂々と見せることができる」などと述べた。FTMで「どちらでもない」と答えたものが3名いた。そのうちの2名は陰茎手術をしていないもので、「ペニスを持つことが重要なので」「たちションができないので」と述べた。陰茎手術を済ませた1名は「手術前のファンタジーがなくなった分、当たり前に感じるようになった」ことを「どちらでもない」理由として述べた。
長期的経過に関しては、MTFでは1名が術後20年を経過していたが残りの10名は3年以内のものであった。この術後20年たったものは、術後10年間は、腟へのペニス挿入が可能であったが、10年後より、腟が委縮し、ペニス挿入は不可能になったと述べた。このことより、MTFの術後の性機能評価は、長期的にみる必要があると思われた。FTMでは、腟へのペニス挿入を行っている2名は、術後それぞれ20年および5年が経過していた。この2名は、その経過中、著しい性機能の変化はなかったと述べた。

結語
性別適合手術を受けた性同一性障害の患者の性機能について報告した。その性機能には、自己の身体イメージ、内分泌的変化、解剖学的変化、パートナーとの関係性など複数の要因が関与していると思われた。術後の性機能は、調査対象においては、現在のところおおよそ満足のいくものと思われたが、術後の期間が短いものが多く、今後の長期的追跡調査も必要と思われた。

文献
1)日本精神神経学会性同一性障害に関する委員会:性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第3版).Available from: http://www.jspn.or.jp/04opinion/opinion00.html
2)針間克己:性機能不全.臨床精神医学第33巻増刊号;308-317,2004
3)針間克己:性同一性障害特例法と戸籍変更者の臨床的特徴.精神科,9(3);246-250,2006