ドキュメント 両性の間で <6>結婚のため望まない手術

2005.6.22.読売新聞


ドキュメント 両性の間で <6>結婚のため望まない手術


性同一性障害GID)当事者に対し、戸籍上の性別変更を可能にした「性同一性障害者特例法」では、性別適合手術を戸籍変更の要件の一つにしている。昨年7月の特例法施行後、「戸籍変更したいばかりに、本来は必要ない、あるいは望まない手術を受ける人が出てくるのではないか」という関係者の懸念が現実となっている。


 ◆戸籍変更に要件法律さえ変われば・・・

 大分市内のかっぽう店に勤務するFTM(体は女性で心は男性)の蓮見武志(29)(仮名)は、7年前に知り合った関川葉子(30)(同)と同居している。双方の家族も公認している仲だが、同性同士のため結婚はできない。

 「でもおれ、ちゃんと結婚したいんですよ」と蓮見は言う。「今のままで十分幸せです」と関川。特に蓮見についてひかれているのは、これまでに付き合ってきたどの男性よりも「男らしい」からだ。

 それを知るきっかけとなったのは、蓮見に誘われ鹿児島市内をドライブ中に遭った交通事故だった。

 早朝、蓮見の運転する乗用車の助手席に関川はいた。交差点に入る間際、左方向から迫る乗用車が目に入った。急ブレーキ。「ぶつかる」――。関川がそう思った瞬間、蓮見に抱き寄せられた。激しい衝撃に続いてガラスの破片が降り注いだ。気づくと蓮見が自分の上に覆いかぶさっていた。蓮見の左手の甲にはいくつもの破片が突き刺さり、血に染まった。

 助手席部分は大破したが、関川は顔を若干切った程度で済んだ。蓮見が守ってくれなかったらどうなっていたか分からない。相手の車の男女3人は無事だった。

 蓮見がGIDであることは知っていた。「女は絶対にあんな風に守れない。武志はやっぱり男なんだ」。男らしさにほれ込み、かねてからの蓮見のアプローチを受け入れた。

 蓮見は今、性別適合手術に臨む覚悟を決めている。「特例法が戸籍変更のために手術をしろというなら、そうするしかない。ちゃんと結婚して葉子を幸せにしたいから」

 健康保険が利かず、約500万円かかる場合もある。手術は子宮と卵巣の摘出などと、男性器形成の2回に分けて実施される。それぞれ約2週間の入院と、術後約2週間の休養が必要となる大手術だ。関川は「体を刻む危険を冒すのはやめて欲しい」と反対している。

 3年前、蓮見は「このままではプールや海に行けないから」と乳房切除手術を受けた。関川はそれさえも賛成しなかった。

 「法律さえ変わってくれれば……」と2人は嘆く。

 しかし、GID当事者の悩みをいち早く理解し、特例法制定に向け尽力した神戸学院大学法科大学院教授の大島俊之(57)ですら、「性別適合手術を受けないまま、戸籍の性別を変更することは無理だ」と主張する。

 「戸籍の性別を男に変えた人が、妊娠・出産する可能性があるようでは、国民の支持は得られない」というのが理由だ。「こうしたケースのカップルには、『2人でよく相談してください』というのが法律家としての立場」とする。

 手術を受けて戸籍変更する以外に勧めることができる現時点での選択肢は「同性同士の婚姻や、パートナーシップを認める新法ができるのを期待して待つ」か、「民法の養子制度を活用して、法的に親子関係を結ぶ」ことなどしかない。

 正式結婚を望む蓮見と関川にとって、いずれも現実的ではない。

 蓮見のように必要のない手術を受けようとする事例は、ほかにも多く存在するとみられる。すっきりとした解決法がないまま、当事者は耐えていかざるをえない。(文中敬称略)

http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/document/006/do_006_050623.htm