「サザエさんをさがして」


2005.6.18. 朝日新聞be


サザエさんをさがして」おおらかな時代の記憶 女装


 高視聴率を誇るテレビ「サザエさん」だが、たまにお茶の間の予定調和をおびやかすビーンボールを投げ込んでくる。

 そのひとつが、カツオの女装ネタ。02年5月放送の「ボクは女の子」では、クラスの女の子たちが、女装が似合うのは誰かという話で盛り上がる。おメガネにかなったカツオは、あれよという間にかつらに口紅、スカートという姿に仕立てられ、写真を撮られる。聞けば雑誌のコンテストに応募するという。

 いやがっていたカツオだが、しまいには鏡をのぞいて、「家族の誰にも似ていない。ボクだけ美しい……」とつぶやく。美しさに目覚めた彼はこの後どうなってしまうのか、軽い胸さわぎを覚えたものだった。

 じつはカツオの女装は、原作に何度も登場している。

 67年の作品では、カツオはワンピースを着込み、胸パッドまで入れる念の入りよう。たまたま家を訪問した化粧品のセールスマンにつかまり、ばっちりメークをほどこされてしまう。カツオがサザエの化粧水を使っていることが明らかになったのは翌年のことだった。

1962年6月5日朝日新聞朝刊

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 マンガを見ていただいたのは国際日本文化研究センター共同研究員で女装家の三橋順子(みつはしじゅんこ)さん(50)。身体は男性だが「女性」としての人格を持ち、社会的には女性として生きる人だ。

 「何回も登場しているということは、読者の評判も悪くなかったのでしょう。昔の方が偏見があったと考えがちですが、むしろ寛容だったと思います」

 今回の掲載作でも、女装について、サザエは別段とがめていない。磯野家にセーラー服を着る人はいないことを考えると、じつは相当ヘンなのだが、そのへんは、マンガですからね。

 次に三橋さんが指摘したのは日本の伝統文化の影響。歌舞伎の女形宝塚歌劇に顕著にみられるように、もともと日本人は男が女、女が男を演じる性別越境的な表現が大好きだった。

 「昔は村祭りや花見などの余興で女装をするのはごく普通のことで、明治政府が“異性装禁止令”を出したくらい。長谷川町子さんの世代には、近代化以前のおおらかな時代の記憶が残っていたのかもしれません」

 戦後、女装への関心が高まったのは好景気の時代だ。美輪(丸山)明宏、ピーター、カルーセル麻紀の“3大女装スター”が出そろったのは、世の中が熱気さかんだった60年代の末。バブル全盛の89年ごろには「笑っていいとも!」を発端とした「ミスターレディー」がちょっとしたブームに。

 「でも美輪さんたち以後、女装スターは現れていません。新参者は厳しい。最近人気のオネエ系のタレントもみんな女装はしていないですよね。視聴者の受け止め方はじつは保守化、硬直化しているんです」

ファッションでも男性の女性化が進んだ。ミニスカートにブーツ姿の男性=67年、東京・銀座で

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 三橋さんによれば、成人男性で日常的に女装を実践している人は5000〜1万人に1人の割合とか。ではカツオは……まあ、思えば小学校では、学年に1人くらい、女のマネをするのが好きなやつがいたのも確かだ。

 「カツオ君はただのイタズラだと思いますよ。私にもおぼえがありますが、その傾向があると自覚している人は、軽い気持ちで女装はできません」

 カツオ君、キミはやっぱり男の子だ……たぶんな。(宇都宮健太朗)


http://www.be.asahi.com/20050618/W24/0008.html