ナチスと精神分析官

タイトルを読んで、「ナチス下、フロイトは迫害されて逃げたが、ユングナチスと仲良くやって…」という本かと思ったら。

そうではなくて、裁判前、捕虜となったナチス幹部の精神鑑定をやった精神科医ダグラス・ケリーの話だった。

功名心強くて、同僚の心理職の人と、争ったり。

裁判後、ナチス幹部の本を書いて、熱心に売り込んだり。なんだかなあ、という感じの医者で。

結局ナチス幹部のゲーリングが青酸カリで自殺したのと同じく、このケリー医師も青酸カリでその後自殺してしまう。

ナチス戦争犯罪を詳しく聞いたことが、ケリー医師の心を蝕んだのでは。

現代でも、残酷な事件の犯人の精神鑑定をした精神科医がメンタルやられるのは目にするところだし。

 

あと、ナチスの幹部たちが、精神的に異常な集団だったのか、ただ命令を忠実に守る凡庸な人たちであるのかはずっと論争なのだが。

その主たる精神医学的根拠が、幹部が受けたロールシャッハテストというのは何かどうかと思う。

まあそれなりに役立つ心理検査だとは思うが、ちょっとそれにだけ頼るというのは。

個人的には、人間というものは、立場によってだれしもが残酷なことをやることだと思う。

アメリカにしたところで、原爆を落としたことを反省している大統領はオバマさんくらいだし。

 

あと、この本のタイトル、原題は「The Nazi and the Psychiatrist」なのに、「精神科医」でなく「精神分析官」となっている。

どう読んでも、このケリー医師は、精神分析をした形跡はないのだが。

精神分析」と日本語訳にしたほうが売れるのかな。

 

ナチスと精神分析官

ナチスと精神分析官

 

 

ソカリデス親子

学会で話したネタです。

 

1974年、同性愛そのものは精神疾患ではなくなり、脱病理化されました。

一方で、同性愛を精神疾患と強く主張する、精神科医も当時は多くいたのです。

代表的な人物が、精神分析家でもあった、チャールズ・ソカリデスCharles W. Socaridesという人です。

彼は、同性愛は「父親の不在と、過度に溺愛する母親」に原因がある、神経症的適応として同性愛をとらえていたのです。

1922年生まれの彼は、熱心に「同性愛の治療」に取り組み、書籍もいくつも出版していたようです。       

2005年に83歳で亡くなりますが、一生、その信念を変えなかったようです。「自分は、同性愛の患者の35%を異性愛者へと治療した」とも語っています。


Dr. Charles Socarides (Gay Marriage Debate 1974)


 そんなチャールズ・ソカリデスには、リチャード・ソカリデスRichard Socaridesという息子がいました。

彼は青年時代になると、ゲイであることを父親にカミングアウトします。さらに、その後、ゲイの人権運動に邁進し、クリントン政権では大統領補佐官となり、米国全体のLGBTの人権問題に取り組むことになったのです。
この二人の親子関係は?

チャールズ・ソカリデスへのインタビュー動画があったので見てみました。


Coming Out to My Dad, the Founder of Conversion Therapy (by Richard Socarides)



ある日父にカムアウトしたら、しばらくして、父から返事があったそうです。そこにはこんなことが書いてあったのです。

「怒ってしまって悪かった。あなたは私の人生において私にとって最も大切な人です。私はあなたを愛しています。私にとって大切なのはあなたの幸せです。そして同性愛であることがあなたを幸せにするものなら私はあなたを支えたいと思います。」
父は、生涯、仕事としては同性愛治療を続けたものの、家庭では息子の同性愛に理解があったということです。

親子関係はよかったようです。

ちょっとほっとしました。

でも、息子へ向けた愛情と同じように、クライエントのゲイの人たちに対しても、彼らの幸せを第一に考え、支えていくことに情熱を注げばもっと素晴らしかったのに、とも思います。

12.3 Compulsive sexual behaviour disorder 強迫的性行動症

あまりマスコミネタにもなってなく日本で話題になっていないが、ICD-11では、セックス依存症が「 Compulsive sexual behaviour disorder 強迫的性行動症 」として、ついに疾患リスト入りした。

 

「強迫」と名がついているが、

「5 Obsessive-compulsive or related disorders 強迫症または関連症群」ではなく、

依存症の

「11 Disorders due to substance use or addictive behaviours 物質使用症<障害>群または嗜癖行動症<障害>群 」でもなく、

パラフィリアの

「15 Paraphilic disorders パラフィリア症群」でもなく、

 

「12 Impulse control disorders 衝動制御症群 」

だ。

12.1 Pyromania 放火症 12.2 Kleptomania 窃盗症 

の仲間という事になり、犯罪との関連性が高いグループ。

まあ、今後、どのグループにより近いか、いろいろ議論が進んで行くだろう。

とりあえず、たたき台として、グループに入れた感じ。

 

 

特徴的なセクシュアリティを病理化することには慎重であるべきだとは思うが。

これまでの伝統的精神医学は「生殖につながる、異性間の腟ペニス性交はなんでもOK」みたいなこところがあったが、ICD-11では、ついに異性間腟ペニス性交であっても疾患リスト入り。

パラフィリアでいくつか脱病理化されたものがあることも考えると

「正常なセクシュアリティ」に関する歴史的転換という気もし、感慨深い。

 

https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f1630268048

Compulsive sexual behaviour disorder is characterized by a persistent pattern of failure to control intense, repetitive sexual impulses or urges resulting in repetitive sexual behaviour. Symptoms may include repetitive sexual activities becoming a central focus of the person’s life to the point of neglecting health and personal care or other interests, activities and responsibilities; numerous unsuccessful efforts to significantly reduce repetitive sexual behaviour; and continued repetitive sexual behaviour despite adverse consequences or deriving little or no satisfaction from it. The pattern of failure to control intense, sexual impulses or urges and resulting repetitive sexual behaviour is manifested over an extended period of time (e.g., 6 months or more), and causes marked distress or significant impairment in personal, family, social, educational, occupational, or other important areas of functioning. Distress that is entirely related to moral judgments and disapproval about sexual impulses, urges, or behaviours is not sufficient to meet this requirement.

 

試訳

強迫的性行動症は、反復的な性的行動をもたらす、強烈で反復的な性的欲求や衝動を制御することの失敗の持続的なパターンによって特徴付けられる。症状には、以下のものが含まれ得る。反復的な性的行為が、健康や自己管理、その他の興味、活動、責任を怠るまで、個人の生活の中心となること。反復的な性的行動を著明に減らそうとした多くの失敗した努力。有害な結果ないし、ほとんどまたは全く満足を得られないにもかかわらず継続的、反復的な性的行動。強烈な性的欲求や衝動を制御できず、結果として生じる反復的な性的行動の失敗のパターンは、長期間(例、6ヶ月以上)にわたって現れ、著しい苦痛または個人、家族、対人関係、教育、職業、またはその他の重要な領域におけるに重大な障害を引き起こす。倫理的判断および性的欲求、衝動、または行動についての不承認にもっぱら関連する苦痛は、この要件を満たすのに十分ではない。

 

GID(性同一性障害)学会の沿革と活動紹介

第115回日本精神神経学会学術集会 

ポスター発表

GID性同一性障害)学会の沿革と活動紹介

 

>「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」への提言

2003年に成立した同法の創設時から当学会の主要メンバーが各種の提言を行っています。現在は、2014年に発表されたWHO等国連諸機関の「強制・強要された、または不本意な断種の廃絶を求める共同声明」に呼応して、性別適合手術を性別変更の条件から外すよう求めています。

第115回日本精神神経学会学術集会 

おお、ICD-11の責任者、reed先生だ。

 

The ICD-11 as a part of a comprehensive global mental health strategy
演者:
Geoffrey M. Reed
Department of Mental Health and Substance Abuse World Health Organization

 

メモ。

ICDを作ることはWHO憲章に書かれている。

conditions related to sexual healthはWHOのDepartment of Mental Health and Substance Abuseだけでなく、Department of Reproductive Health and Researchの作成にかかわった。

Compulsive sexual behaviour disorder 強迫的性行動症、新たに加わる。

 

せっかくなので、あえて質問してみた。

DSMとICDは統合(harmonaization)を目指しているはずだ。

それなのに、conditions related to sexual healthが新たな章として独立したのはなぜか」

reed先生答えて曰く「DSM精神疾患だけのリストだが、ICDは違う。性機能不全は、心因だけでなく身体要因もかかわる。性同一性障害は、精神疾患であるがゆえに、社会的スティグマが高まる。ただ、国によってはリストにあることで、医療へのアクセスを容易にするので、リスト全体の中には残した。」

あらためて責任者の生の声を聴けてよかった。

 

午後も引き続き。

委員会シンポジウム15
ICD-11が世界の精神科医療へもたらす影響

ICD-11's impact on mental health care worldwide

 

さすがに日本精神神経学会は著名な先生を招待していて、ミーハーとして満足。