【鼎談】ICD改訂に向けた動向を探る

週刊医学界新聞 第3144号 2015年10月5日
【鼎談】
ICD改訂に向けた動向を探る

秋山 剛氏
NTT東日本関東病院 精神神経科部長
神庭 重信氏
九州大学大学院教授・精神病態医学 =司会
Geoffrey M. Reed氏
WHO精神保健および物質乱用部 シニア・プロジェクト・オフィサー

https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03144_01

精神科医が異なるチャプターの障害を扱うケースも

Reed もう一つの大きな違いは,ICD-10までは「精神および行動の障害(MBD)」のチャプター内で一部取り扱いのあった「睡眠−覚醒障害」「性保健」が,新たなチャプターとして設けられることです。これまで睡眠障害と性機能不全はそれぞれ器質性と非器質性とで別々のチャプター内で扱われており,心身二元論とも言える厳然たる区別をつけた分類でした。しかしながら近年得られた知見から,こうした区分は生体のメカニズムとも,臨床の実状とも合わないことがはっきりしてきました。そのため,ICD-11では器質性・非器質性を問わないチャプターを新たに設けるほうが有用ではないかとの結論に至ったのです。

神庭 性機能不全を例にとると,ICD-10では非器質性の性機能不全が「MBD」チャプター内にありました。今後は全て「MBD」とは別に扱われるということでしょうか。

Reed はい。精神および行動の障害以外の状態も含めるため,「MBD」チャプターとは別に扱われることになります。ただ,性機能不全などは心理的要因も大きくかかわりますから,性保健に関する新たなチャプターは「MBD」チャプターに隣接して配置されることが決定しています。

神庭 精神科医が診断を行う可能性のある障害が,「MBD」以外のチャプター内に設けられているわけですね。仮に,特定の障害がどのチャプターに分類されるかによって,精神科医が患者さんの診察に消極的になる事態が起きたとしたら,患者さんにとっての不利益になります。そのあたりはどのようにお考えですか。

Reed ICDのチャプター分けは,決して臨床活動の範囲を規定するものではありません。ですから,ICD-11を公表する際,精神科医をはじめとする精神保健従事者が,新たな二つのチャプターを適切に活用できるよう,資料を十分に準備することは重要な課題だと認識しています。

神庭 同様のケースを障害カテゴリレベルで見ると,ICD-10ではてんかんが「神経系の疾患」のチャプターに含まれています。日本の精神科医てんかんの患者さんを診療することがしばしばあり,中にはてんかんを「MBD」チャプター内に位置付けることを希望する声もあります。

Reed ICD-11で,てんかんは「神経系の疾患」チャプターに残ることが決まっています。

 精神障害の神経学的な側面が解明されるにつれて,精神障害と神経疾患との境目は失われつつあり,遅かれ早かれ明確な区別は維持できなくなるでしょう。将来的には,「神経系の疾患」と「MBD」の統合が試みられるかもしれません。しかし現段階では,そこまで踏み込むだけの根拠がないために,ICD-11ではこの二つのチャプターは別々に存在することになります。

神庭 そうなると,ICD-11に慣れないうちは,どこに何のコードが収載されているか戸惑うこともありそうです。

Reed その対策の一つとして,ICD-11では同一障害カテゴリの複数箇所への掲載を認める“セカンダリ・ペアレンティング(Secondary Parenting)”という手法を採用します。例えば,「神経系の疾患」を主たる分類先とする障害カテゴリを,二次的に「MBD」に掲載することができるのです。コード番号は主たる分類先である「神経系の疾患」に沿ったものが割り当てられますが,ICD-11を出版するに当たり,精神科医に必要なコードがどこに収載されているかを明確にし,使用に支障がないよう努めたいと考えています。