「ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき」

福島民報 2015年9月26日 書評

「ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき」
    フィリップ・ジンバルドー著
       鬼澤 忍、中山 宥訳

システムが生む暴虐
 われわれは通常、「悪いことを行うのは、行う本人が悪い人間だからだ。善良な人間は悪いことはしない」と信じている。だが本書は我々のそういった常識を覆す。
すなわち、天使から悪魔へと堕(お)ちたルシファーのように、たとえ普段は善良な人であっても、状況やシステムによっては、邪悪な行動を起こし得るのである。著者の言葉を借りるなら、「腐ったリンゴがある」のではなく、「リンゴを入れている樽(たる)が腐っているからリンゴが腐る」のである。
 本書ではまず、著者が一九七一年に行った、伝説的な心理実験である「スタンフォード監獄実験」の詳細が述べられている。この実験では、アルバイトとして集められた平凡な学生たちが、無作為に看守役と囚人役に振り分けられ、模擬刑務所で過ごすこととなる。
 すると単なるアルバイトでしている心理実験であるにもかかわらず、看守役が囚人役に対し、虐待行為を働き始めたのである。さらに興味深いことに、実験を行う研究者である著者自身も、虐待行為が起きているにもかかわらず、研究を中止することなく、「実験だから」とその事態を放置してしまう。
 つまり、「看守」という権限や「研究上必要」という理由があれば、人は残虐な行為を起こし得ることをこの実験は示したのである。
 本書は後半、アブグレイブ刑務所事件の詳細を記す。二〇〇四年に起きたこの事件は、米兵がイラク人“拘留者”を刑務所内で虐待し、その写真が世間に公表され大きな騒ぎとなった。刑務所心理の専門家として著者は調査に当たった。
 その結果、この事件は一部の問題のある米兵が起こしたものではなく、情報を得るための尋問を行う仕組み、すなわち米軍のシステムそのものが起こしたことを明らかにしたのである。
 個人の弱さと、状況やシステムの怖さを教えてくれる本書の議論は、現在日本に住むわれわれにとっても人ごとではなく、耳を傾けるべき一冊であろう。(精神科医・針間克己)
(海と月社・4104円)

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき