「寄り添う」ということ 性暴力を問い直す<3>啓発は自衛だけか

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「寄り添う」ということ 性暴力を問い直す<3>啓発は自衛だけか
2012年08月03日 13:48
 ■新訳男女 シリーズ第20部■

 猛暑が続く。軽装の人で混み合う通勤電車に揺られていると、窓際のポスターが目に飛び込んできた。「痴漢あうまえに!」。そこには「あなたの油断が…」として「肌の露出が多い」「ドア付近に立つ」などと書かれている。さらに、心掛けとして「上着を着る」「行動時間を変える」などを紹介していた。

 下車すると、ホームには「性犯罪が急増中!」との掲示が。「人気のない場所で」「鍵を掛けていない玄関やベランダを探す」などと犯人の手口を写真入りで解説し、目を引く。

 街のあちこちで見られる性犯罪への啓発ポスター。防犯意識を高め、自己防衛するのは、とても大切なことだ。一方で、取材を進めながら被害者や支援者から何度も聞いた言葉が頭をよぎる。「『こういう所で、こういう人に起こる』という固定観念が『私が悪かったせい』という考えにつながり、傷ついてしまうことがあるんです」

 駅でポスターを見ていた女性(34)は「もちろん気を付けたいけれど、悪いのは加害者。これだと『女性の行動に原因がある』とも受け取れませんか」と疑問を投げかけた。性暴力は8割近くが顔見知り(2011年、内閣府調査)で、年齢層も幅広いことから鑑みると、何だか違和感をぬぐえない。

 「STOP! 性犯罪」と掲げて啓発を続ける福岡市。人口千人当たりの性犯罪の認知件数は全国の政令市中ワースト3位(10年)だった。そこで昨年には、学生や会社員らを委員として「女性目線による性犯罪防止検討会」を開催。「知らない男性と二人きりにならない」「ミニスカートなど露出の多い服装は控える」といった自己防衛策を提案した。議論を基にシンボルマークも制作した。

 ここでも啓発の焦点は女性の行動だ。市生活安全課の担当者は言う。「二次被害を助長するつもりは全くありません。ただ、デリケートな問題だからといって注意喚起をやめるわけにはいきません」。その通りだと思う。半面、全ての人が納得できる啓発の難しさというのも感じた。


 福岡県警を訪ねた。2月に「性犯罪対策室」を開設し、検挙率を前年比で15%向上させている。

 −被害者は露出の多い服を着た若い女性が多いのですか。
 「一概には言えず、一番は加害者の好み。女子高校生を狙う者、高齢者ばかりを追う者、地方から出てきた風のおとなしそうな人を探す犯人もいます」

 −啓発に現れる被害状況は限定的なのでは?

 「被害を受けた人は、現実に夜道でヘッドフォンをして歩いていたり、鍵をかけていない人が圧倒的なんです」

 その通りなのだろう。こうした啓発も含めた活動が実を結んでの検挙率アップなのだから。半面、加害者側への啓発はどうしたらいいのだろう、と思った。

 ここまで見てきた啓発は性犯罪に絞り、被害を受ける側に重点を置いたものばかりだった。一方、性暴力を「望まない強制された性的行為すべて」と捉えれば、刑法や迷惑防止条例違反に該当する性犯罪は、その一部となる。

 もっと広範囲に啓発ができないか。加害者やその予備軍に対して、性犯罪を抑止する視点をどう取り入れていけばいいのか。現場は模索を続けている。

 ●加害防止へ治療的試みも

 啓発では自己防衛が強調され、加害者の責任が現れにくい。一方、2006年に刑務所内に「性犯罪者処遇プログラム」が導入されたほか、今年3月には大阪府議会が「子どもを性犯罪から守る条例案」を可決するなど加害防止の動きがある。加害者を生まないために、どんな方策があるのか。

 「相手へのゆがんだ認知があり、自分の行動を否認したり、その影響や結果を予想しようとしない」。7月に北九州市で「若者の性非行と性暴力への視点」と題して講演した精神科医の針間克己さん(東京)は加害者についてそう語った。

 主催した「チャイルドライン北九州」によると「痴漢をした」「妹の体を触っている」など、性の問題行動を抱える若者の相談が増えているという。針間さんは「行動はエスカレートしていく」とした上で「少年や若者はセクシュアリティの過渡期。今後変わる可能性があり、治療や教育が期待される」と指摘する。

 社会への啓発については「個人レベルの防御策を伝えるのは大事なこと。ただ社会的な議論ではバランスを加害者に置き、再犯を含めどうすれば減らせるか、目を向けることも大切」と話していた。

    ◇   ◇

 性依存症治療の観点から性暴力廃絶に取り組む榎本クリニック(東京)。治療に当たる精神保健福祉士の斎藤章佳さん(33)は「性犯罪者の多くは強迫的な性行動がコントロールできない。日常では得られない興奮やスリルは繰り返し強化されていく」とし、刑罰のみでない治療的アプローチの意義を語る。

 斎藤さんによると、性依存症とは「行為や関係への依存」。同クリニックではグループミーティングで認知の修整を試みる一方、性衝動を抑える薬物治療を進める。2月からは毎日プログラムに参加する「デイナイトケア」を始めた。「少なくとも病院にいる間は加害を起こさない」との考えもある。

 ただし通院や服薬は本人の意志。「加害者を支援するのか」と被害者の支援者から言われたこともあるという。「それでも加害者対策を全く講じずに放置する社会は、性暴力を許していることになりませんか」。斎藤さんは問い掛ける。


=2012/08/03付 西日本新聞朝刊=