わたしの紙面批評 性的少数者の報道 朝日新聞紙面審議会委員・土井香苗さん

わたしの紙面批評 性的少数者の報道 朝日新聞紙面審議会委員・土井香苗さん
朝日新聞
2012/02/14

おネエ系人気は芸能界だけ 「LGBT」活動知り迫って

 芸能界では「おネエ系タレント」といわれる人たちが人気を博している。その一方で、一般社会に目を移すと、性的な少数者(マイノリティー)をみぢかに感じることはまずない。
 彼、彼女らは職場や学校、ときには家族の一員として普通に生活している。ある企業が従業員を調査したところ、5%が「自分は性的マイノリティーだ」と回答したという。実際にはもっと多いと言う人もいる。あなたの部下や友人、あるいは子どもが性的マイノリティーであったとしても、驚くべきことではない。
 こうしたレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー性同一性障害者ら)は、頭文字をとって「LGBT」と呼ばれる。私たちのような国際NGOや国連の文書をはじめ、世界中で使われている言葉だ。
 しかし、朝日新聞の過去の記事を検索してみると、この2年間で「LGBT」が紙面に登場したのは、青森版の「青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル」の紹介記事ぐらいだ。
 「同性愛者」、「性同一性障害」といった言葉で検索すればやや増える。10年9月の夕刊に13回にわたり連載された「ニッポン人脈記/男と女の間には」は、トランスジェンダーの実像に迫った秀逸な記事だったが、LGBTを正面から取材して報じた記事はまだ少ない。
 「異性愛」が当然視されている日本社会。多くのLGBTは異性愛者のふりを続けながら、日常生活を続けざるを得ないと感じている。
 しかし、大事な友人や家族に対してさえ自分を偽り続けるストレスは大きい。若者の悩みはとくに深刻だ。いじめや、悩んだ末に自殺する例もあると聞く。日常会話でも「ホモは気持ち悪い」といったデリカシーに欠ける言葉もよく聞かれる。就職や結婚、老後など人生の様々なステージで壁にぶつかる人も多い。
 私たちは小さいときから「愛」は尊いと教えられてきた。すべての「愛」は等しく尊いはずだ。ある「愛」は認めるが、この「愛」はだめと差別してよいものだろうか。
 難民。貧困世帯の子ども。ひきこもり。障がいを抱える人。在日外国人。路上生活者……。いつの時代にも、多数派が少数派を差別し、偏見を持つことは多い。
 こうした少数者の実像に光を当てる報道を心がけてきたのが朝日新聞ではないか。少数派の真の姿を伝える報道には、社会の偏見を打ち破る力が秘められている。少数派といわれる人たちも、人として同じように考え、悩み、そして生き抜いている。そうした姿を知ることで、改めて「自分と同じ人間だ」と再確認できるからではないか。
 まだ限られているとはいえ、LGBTの運動は近年多様化している。各地で続けられている映画祭やパレードに加え、早稲田大学のサークルが「LGBT成人式」を行ったり、LGBTグループ主催のカフェもできたりしている。当事者たちのしなやかな活動について積極的に取り上げてほしい。
 日本社会で今後、LGBTの人びとの人権を確立していくためには、性的指向性自認による差別の禁止、同性婚トランスジェンダーの戸籍変更要件の緩和など様々な制度改革が必要だ。国連も日本政府に対応を求めている。だが、こうした制度改革に向けた議論を行う土台さえも日本社会では十分整っていない。
 欧米の新聞では、LGBTの実情を伝える優れた記事を読むことができる。朝日新聞にも、日本社会のオピニオンをリードする、深みのあるLGBT報道を期待したい。
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 どいかなえ 「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」日本代表。弁護士。難民の保護など人権救済活動に携わる。CSニュース番組のキャスター。
 ◆この欄は、4人の紙面審議会委員が輪番で担当します。