福祉ナビ:性同一性障害の人の性別変更を認める法施行から5年。現在の課題は。

2009.9.3.毎日

http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20090903ddm013100163000c.html
福祉ナビ:性同一性障害の人の性別変更を認める法施行から5年。現在の課題は。
性同一性障害の人の性別変更を認める法施行から5年。現在の課題は。

 ◇知識不足、根強い偏見 少ない病院、手術費も高額…柔軟なパスポート発行求める声も
 心の性と体の性の不一致に悩む人たちに戸籍上の性別変更への道を開いた「性同一性障害者特例法」の施行から5年。8月、東京・丸の内で性同一性障害GID)の当事者、医師、法律家らが一堂に会する連続シンポジウムが開かれた。討論の出発点として示されたのは、実行委が全国の男女各519人を対象に実施したインターネット調査の結果。GIDを「知っている」(85・2%)と、「なんとなく聞いたことがある」(14・3%)を合わせて99・5%の人が認知していたのに対し、当事者を受け入れる社会に「なっている」と答えたのは0・7%。「ある程度なっている」も35・6%にとどまった。

 GIDの人は全国に1万人以上いるとされる。当事者の一人として登壇した和光大学非常勤講師の野宮亜紀さんは「教育現場で正確な知識が与えられていない。メディアが偏ったイメージを発信していることも偏見につながっている」と指摘。06年に女性への性別適合手術を受けモデルとして活躍する椿姫彩菜さんは「みんなと同じようにコンプレックスや悩みを抱えた一人の人間だということが理解されていない。人と違うことが悪であるかのような風潮がある」と述べ、周囲からあざ笑いの対象にされたGIDの友人が自殺してしまったことなどを語った。

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 性別適合手術をめぐっても、さまざまな問題点が挙げられた。

 司法統計によると、04年7月の法施行から08年までに性別変更が認められたのは1263人。GIDの診察経験が豊富な「はりまメンタルクリニック」(東京都)の針間克己院長は、性別変更のための診断書を書いた268人(05〜09年)のうち国内で手術を受けた人が65人(約24%)にとどまったと報告。中でも08、09両年はそれぞれ2割を切っていた。国内では手術を実施できる病院が数カ所に限られ手続きに手間がかかることや、保険適用外のため手術費が高額になることなどが理由だという。

 一方、タイで手術を受けた椿姫さんは「国内は症例数が少なく、医師にさえ珍しそうな目で見られるのが嫌だった。タイの社会ではGIDが自然に受け入れられているので、精神的な負担の軽さも考慮した」と選択の理由を語った。

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 現行法が手術を受けることを性別変更の条件にしていることにも意見が相次いだ。手術をしていない野宮さんは「体をどうしたいのかという点でも、当事者の有りようはさまざま」。針間院長は「例えば女性の場合、ホルモン療法による男性化だけで支障なく暮らせていた人たちが、戸籍を男性に変えるため、さらに子宮や卵巣まで摘出するケースが増えた。医師の倫理として疑問を感じる」と指摘した。

 また、野宮さんからは「戸籍の変更が無理だとしても、住民票やパスポートといった個人の身分の識別に使う書類は、生活上の実態に即した性別で発行されるべきではないか」との問題提起もあった。弁護士であるGID学会の大島俊之理事長は「現に米国や豪州ではそのような形でパスポートが発行されている。治療開始から性別変更までは何年もかかるので、移行期間にある人を救うためにも必要な措置だ」と賛同したうえで「高額な性別適合手術を保険適用にすることと、未成年の子がいる人でも性別変更を認める法改正の実現に向けて、更に運動を進めたい」と力を込めた。【丹野恒一】

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 ■性同一性障害に関するこれまでの動き

69年 男性3人に精巣摘出手術をした産婦人科医が優生保護法違反で有罪判決を受ける。以後、表立った手術がなくなる

95年 埼玉医科大の原科孝雄医師が同大倫理委員会に性別適合手術の承認を申請

96年 同大倫理委が性別適合手術を正当な医療行為と認める見解を学長に答申

97年 日本精神神経学会性同一性障害の診断と治療のガイドラインを策定

98年 埼玉医科大で医療行為として認められた国内初の性別適合手術が行われる

04年 一定条件の下で戸籍上の性別変更を認める性同一性障害者特例法が施行

08年 同法改正案が可決、成立。子がいても成人していれば性別変更が可能に