成人と思春期の性同一性障害者へのホルモン療法

Principles of Transgender Medicine and Surgeryのホルモン療法に関する章(73-84P)の翻訳、一通り終わったので、全訳アップ。


成人と思春期の性同一性障害者へのホルモン療法

はじめに
この本で既に述べたように、性同一性障害は、表面上では正常な身体的な性的分化をした人が、自分は反対の性別に属していると確信する状態のことだ。この確信は、望む性別で、ホルモン的にも、解剖学的にも、法的にも、心理学的にも、暮らしたいという、我慢できない欲求が伴う。この章では性同一性障害のホルモン量の原則について記す。


治療の一般原則
性同一性障害者に反対の性ホルモンを投与することは、内分泌学的視点からは、正統的ではないように見える。投与方針の根拠は、ホルモンの過剰や欠乏といった、内分泌学的見地に基づくものではない。それゆえ、ホルモン療法に関しては、同意するものが増えているものの、慎重であるべきだという意見も専門家の中にはある。投与方針は、内分泌学的見地の代わりに、心理的評価の結果によるものだ。心理的評価が結論づけるのは、性別再指定(sex reassignment:ホルモン療法や、乳房切除術、SRSといった身体治療)は、性別違和、すなわち、時に「まちがった体に閉じこめられた」としばし表現される極端な感情、に苦しむ人に、苦痛の緩和をもたらす。ホルモン療法は心理専門職により推薦されるが、治療の実際の責任を持つのは、処方する医師である。処方医は、心理専門職と緊密な協力関係を維持することが重要である。医療従事者は、性同一性障害の専門家の国際組織であるHBIGDAの作成した、スタンダードオブケアを遵守することが推奨される。
スタンダードオブケアの主目的は、性同一性障害の心理学的、内科的、外科的な処置に関する、HBIGDAの専門家たちの合意を明確に述べることだ。スタンダードオブケアは、この領域に関する、世界中の専門家たちに治療指針を与える。専門家たちの多くは、内科学や内分泌学の、主流から遠くはずれ、孤立の中、働いている。スタンダードオブケアは、法医学的問題において、専門家としての基準をはっきりする必要に迫られたときにも有用だ。性同一性障害者やその家族、あるいは団体も、この分野における専門家の最近の理解を知りたくなったとき、スタンダードオブケアを利用することができる。ホルモン療法や外科的療法を始める前に、医師はこれから述べる事がらについて、患者と話し合う必要がある。


治療への現実的期待
性別違和の緩和が、性別再指定がなしうる唯一の利点である。すなわち、全般的健康は通常改善するものの、性別違和以外のすべての領域の問題は、未解決のまま残るのだ。それゆえ、性別移行に関してホルモン療法や外科的療法に対して、当事者が抱きがちな非現実的期待は、あらかじめはっきりさせておく必要がある。また、成人や年長者に対するホルモン療法の限界は、率直に話し合うべきだ。孤独の中に秘密をかかえた長い歳月で、治療への空想的期待が、現実をはるかに超えるものになることもある。性別移行中のものや、性別移行をしたものと実際に会ってみることは、ホルモン療法や外科的療法で、実際の所どの程度変われるのかをはっきり理解していく上で、きわめて有用だ。同様に、性別移行開始時あるいは、長期にわたり起こりうる問題、すなわち、個人の、職業上の、人間関係上の問題からも、目をそむけがちである。性同一性障害の身体治療は、ホルモン療法も外科療法も、治癒的なものと言うより、リハビリ的なものであることを理解することが重要だ。結論としては、性別再指定された人の生活の質は、はっきりと改善するが、ほかの先天性の医学的疾患と同様に、そこには限界があるのである。


実生活経験
 ホルモン療法開始時、あるいは開始前に、「実生活経験」を通常は開始する。これは望みの生活でフルタイム、生活する期間のことだ。この機会に、患者と、担当の専門家は、新しい性別での生活の経験と、周囲の人々との関係における新たなる行動を身につけることを観察していく。この経験は、周囲の人びとと当事者が、たがいにどう反応するかを明らかにするため、この経験ぬきには、違った性別での生活がどんなものかという、個人的な確信と空想は、独りよがりなもののままとなる。この長期的な信念は、非現実的なものとなることがあり、新しい性別での生活を理想化し、最終的には、失望へと至らせる。
 実生活経験の開始は、何段階かに分けて行うことができる。たとえば、望みの性別の服装を、最初は安全で信用できる空間で行い、その後に、公共の場で行う。患者は不可逆的治療である外科的治療を行う前に、少なくとも1年は望みの性別で生活すべきである。多くの解決すべき問題が生じるなら、予定していた期間を延長して、実生活経験をすることもありうる。この期間中、患者は心理専門職とのコンタクトを維持し、経験の評価が行われ、問題解決の方策が提案されるべきだ。
 通常の場合、この期間中にホルモン療法が開始される。ホルモン療法が引き起こす身体的変化は、新たなる性別への個人的身体的移行を促進する。もし、心理専門職が、ホルモン療法開始は慎重にすべきだが、いたずらに治療開始をおくらせることは、患者の心理的健康に有害だと考えるならば、段階的な方法を採ることもできる。この方法の場合、身体的効果はおおむね可逆的で、性別移行がうまくいかない場合は、治療を中止することもできる。
ホルモン療法
反対の性別の二次性徴を可能な限り獲得することが、性同一性障害患者の身体治療の基本である。明らかに、二次性徴の獲得は、性ステロイドに依存している。ホルモン療法を行う大人の性同一性障害者は、大人になった時点で、既にホルモンによる男性化ないし女性化が進行しているという、不利がある。
 不幸なことに、ホルモンによってもたらされた、もともとの性徴の除去は完ぺきにはめったに出来ない。MTFにおいては、骨格(高身長、手、足、あごの形と大きさ、骨盤)への男性ホルモンの影響は、その後のホルモン療法では、転換できない。反対に、FTMにおける、男性と比較しての低身長や大きなしりは、アンドロゲン投与によっては転換できない。しかし、これらの特徴は男女間でかなりの部分重なり合い、いくつかの人種では、より重なり合う。それゆえ、生まれつきの性別の特徴が、比較的目立たない性同一性障害者もいる。
 治療を望む性同一性障害者は、典型的には、若者から中年の健康なものであり、それゆえホルモン療法の絶対的または相対的禁忌であることは少ない。エストロゲン使用の相対的禁忌としては、乳がんの強い家族歴および、プロラクチン産性下垂体腫瘍を認めることだ。アンドロゲン使用の相対的禁忌としては、ホルモン依存性の腫瘍ないし、心血管系の障害を伴う重篤な脂質障害だ。心血管系疾患、脳血管系疾患、塞栓症性疾患、著明な肥満、コントロール不良の糖尿病、重篤な肝障害があるときは、ホルモン投与は慎重であるべきだ。
 いかなる外科治療においても、手術の3,4週間前には、ホルモン投与をやめるべきことが推奨される。体を動かさないことが、塞栓症のリスク要因であり、性ステロイドは、この塞栓症のリスクを増加させうる。ホルモン補充療法をしているほかの患者たちと同様に、外科手術の後に、十分に体を動かすようになれば、ホルモン療法の再開は可能だ。


MTFのホルモン療法

MTFにおいては、体毛の除去、乳房肥大、女性的な脂肪分布が必要不可欠だ。これらの目標を達成するためには、もともとのアンドロゲンの影響をほぼ完全に減少させることが必要だ。エストロゲン単独の投与で、ゴナドトロピン放出の抑制を来たし、そこからアンドロゲン産生の抑制も起こす。しかし、アンドロゲン分泌および作用を抑制する物質と、エストロゲン供出する物質をともに使用することは、より効果的だ。アンドロゲン分泌および作用を抑制するには、いくつかの薬物が使用可能だ。ヨーロッパでは、最も多く使用されるのは、酢酸シプロテインだ(通常1日に50mg)。これは抗アンドロゲン作用のある、黄体ホルモン性の物質だ。酢酸シプロテインが使用できない場合は、酢酸メドロキシプロゲステロン、1日5から10mgが、代用として用いられる。非ステロイド性の抗アンドロゲン剤、フルタミドやニルタミドも用いられるが、これらは、ゴナドトロピンの分泌を増大し、テストステロンとエストラジオールの分泌増大の原因となる。エストラジオールの増大は、女性化の効果があるゆえ、ここでは望ましいことだ。スピロノラクトン(1日100mg2回まで)は、抗アンドロゲン作用のある利尿剤で、広く利用可能だ。長期作用性のGnRHアゴニストは、月に一度の注射で、ゴナドトロピン分泌の抑制をもたらす。フィナステリド(1日5mg)は、5-アルファ還元酵素の阻害剤で、薬理学的作用からは、テストステロンから5-アルファテストステロンへの変換を抑制すると思われる。この薬剤は、抗アンドロゲン剤とエストロゲンなどの薬理的介入により、テストステロンが既に抑制されている時は、あまり役に立たない。


エストロゲン

選択可能な広範なエストロゲン剤がある。経口エチニルエストラジオール(1日50-100µg)は強力で安価なエストロゲン剤だ。しかし、血栓症を引き起こすリスクがある。とくに40才以上でだ。MTFから求められる量で使用すべきではない。経口の17βエストラジオール吉草酸(1日2から4mg)、経皮の17βエストラジオール(1週に2回、100µg)も、治療の選択肢で、エチニルエストラジオールよりはるかに血栓症のリスクが低い。多くの性同一性障害者は、注射によるエストロゲン投与を好む。高濃度のエストロゲン循環をもたらすからだ。しかし、使用量過多のリスクがあり、エストロゲンをやめるべき緊急事態が発生した場合、デポ剤のエストロゲンの長期効果を除去することは不可能だ。
黄体ホルモン作用物質が、MTFの女性化過程に、効果を加えることを示唆する証拠はない。女性の生殖内分泌学的には、黄体ホルモンは、子宮を妊娠に、乳房を乳汁分泌に準備させる。エストロゲンに黄体ホルモンを加えることは、女性化において必要だと、強く確信している患者もいる。そういった患者には、その確信は事実でないだけでなく、黄体ホルモン作用物質は、高血圧や、静脈瘤といった副作用が起こる可能性があることも伝えるべきである。女性における、閉経後のホルモン剤使用の多数研究によれば、エストロゲンと黄体ホルモン作用物質を共に使うことは、乳がんと心血管系の発生率の上昇に関連すると思われる。この結果は、使用に反対すべき、さらなる理由となる。


MTFへのホルモン療法の結果
MTFへのホルモン療法の結果は次の通り
体毛。
体毛の成長の減少が起こる。体毛は細く、色は薄くなる。しかし、成人のひげの成長は、抑制に強く抵抗する。抗アンドロゲン剤とエストロゲンを共に使った場合でもだ。白人においては、顔の毛を除去するには、電気脱毛やレーザー脱毛といった、別の方法も用いる必要がある。体のほかの部分の体毛は、ホルモン療法に良好に反応し、通常、ホルモン療法の1、2年後には、著明に減少する。
乳房の発育。
乳房の発育は、ホルモン療法開始後、ほとんどすぐに始まり、成長期と平坦期とともに進展する。アンドロゲンは、乳房発育に抑制的効果を有するため、エストロゲンは、低アンドロゲン環境下で最も有効だ。これは、通常、酢酸シプロテロンやスピロノラクトンエストロゲンと共に用いることで達成される。十分なホルモン療法の開始後、2年たつと、さらなる乳房の発育は期待できない。年配者でも、十分な乳房の発育は阻害される。ホルモン療法患者の約40から50%が、乳房発育に満足している。しかし、残りの50から60%のものは、乳房の発育は不満足と判断している。得られる乳房の大きさは、それ自体がホルモン療法の成功の尺度となるが、MTFの高身長や胸郭の大きさと比し、しばし不釣り合いなものとなる。不満足なものは、豊胸術をしばし求めることになる。
肌。
アンドロゲンの抑制は、皮脂腺活動の減少をもたらし、結果的に乾燥肌や、もろい爪となり、合成洗剤使用をひかえ、保湿クリームの使用が必要となることもある。
身体組成。
アンドロゲン抑制後、皮下脂肪が増大し、やせた身体組織が減少する。通常、体重は増加するが、食事療法でコントロール可能だ。
精巣。
ゴナドトロピン性の刺激が欠如するため、精巣は委縮する。まれな例では、鼠径管に精巣が入り、不快の原因となる。
前立腺
アンドロゲン抑制により、前立腺は委縮し、膀胱頚部の解剖的条件に変化が起きる。その結果、排尿後、一過性の尿漏れが生じることもある。この症状は通常、1年以内に消失する。
声。
抗アンドロゲンとエストロゲンは、声の性質には影響を与えない。MTFボイストレーニングの専門家への相談を希望するかもしれない。声の男性性は、声のピッチによってのみではなく、胸部の反響と大きさによっても、決定される。ボイストレニーングによって、より女性らしい声と話し方を得ることが可能だ。喉頭部の手術は、声のピッチの変化は可能だが、その幅も減少させる。
長期の治療。
精巣摘出を含む、性別適合手術後も、ホルモン療法は継続しないといけない。男性型の体毛成長を示す患者もいて、経験の示すところでは、それに対しては、少量で済むが、抗アンドロゲンが相変わらず有効だ。エストロゲンの継続は、骨粗鬆症といった、ホルモン低下の症状を予防するために必要だ。我々の知見では、エストロゲンのみで、MTFの骨量の維持は可能だ。血中LH濃度と骨の無機質濃度との間には、負の相関関係がある。このことは、血中LHは、性ホルモン投与の適切さの指標となりうる事を示唆する。今のところ、何才までホルモン療法を継続すべきかについては、コンセンサスはない。性同一性障害者は、通常、ホルモン療法を、老年になっても継続したがる。この治療指針を支持するデータも反対するデータもない。おそらく閉経後にホルモン補充療法を行う女性から、類推は可能だろう。しかし、その指針では、50台後半ではほとんど治療を行わない。


FTMのホルモン療法
FTMの治療目標は、男性化(声の低音化を含む)、男性型の体毛と体格の形成、月経の停止だ。これらの目標達成のための主たるホルモン療法は、テストステロン投与だ。最も用いられるものは、テストステロンエステルで、これは2週おきに、200から250mg筋肉注射される。いくつかの国では、テストステロンアンデカノエイト(1000mg)が使用可能で、10から12週おきの間隔で注射できる。低量で毎週の注射を好む医師もいる。血中テストステロン濃度の変化をさけるためだ。アンドロゲンジェルや経皮パッチでも、一定の濃度を保つことが出来て、患者が自宅で使用することが出来る。
投与方法に関わらず、血中テストステロン濃度は定期的に測定し、生理学的レベルを超えた量を、長期にわたって投与することを避けねばならない。過剰な量は、生物学的男性において有害であることが分かっているからだ。時折、月経出血が止まらない場合があり、プロゲステロン性薬剤の追加が必要となる。経皮ないし経口テストステロン投与の場合は、月経出血を止めるためのプロゲステロン性薬剤の追加はほぼいつも必要となる。月経出血は、患者にとっては、逃れたいと思っている性別を思い出させる不快なものだ。


FTMへのホルモン療法の結果
FTMへのホルモン療法の結果は次の通り。
毛。
体毛の発育パターンは、本質的には思春期の少年と同じだ。最初、上くちびるに、ついでアゴ、ついで頬、など。多毛の程度は、男性家族のパターンの程度を見れば予想可能だ。男性性脱毛の発生も同様に、男性家族を見れば予想できる。脱毛は、約50%の患者で、ある程度起きる。この結果は、注射、経皮、経口といったアンドロゲンの投与パターンの種類とは関係ない。
にきび。
にきびは約40%の患者で起こり、通常、顔より背中で著明だ。このことは、思春期を過ぎてアンドロゲン治療を開始する、低ゴナドトロピンの男性においても観察される。この症状は、通常、従来のにきび治療の方法で改善される。
声。
低音化は、アンドロゲン投与後、6から10週間で起こり、元には戻らない。
脂肪。
アンドロゲン投与によって、皮下脂肪の減少が起きるが、腹部脂肪は増加する。低脂肪組織の増大は、平均すれば4kgで、体重増加は通常、さらに大きい。体重増加はアンドロゲン使用に関係するが、食事療法でコントロール可能だ。
陰核肥大。
陰核肥大は、すべてのFTMで起こるが、その程度は様々だ。約5から8%のもので、サイズは、腟挿入に十分な大きさとなる。
性欲。
ほとんどの患者は、性欲の増進を報告し、不快なこととして体験されることはほとんどない。
卵巣。
卵巣は多嚢胞性の変化を示し、アンドロゲン投与は乳腺活動の低下をきたしうる。しかし、乳房のサイズ減少は起きない。
卵巣摘出後は、アンドロゲン投与は、男性化の維持と骨粗鬆症の予防のために必要だ。LH血中濃度を正常範囲に抑制することは、アンドロゲン投与の効果判定に持ちうることが出来る。


ホルモン療法の副作用
ホルモン療法投与には副作用が起こりうる。ホルモン依存性の腫瘍に特に懸念が持たれている。1997年に、我々は816名のMTFと293名のFTMについて調査した。それ以来、患者数は倍増し、死亡率と有病率の最新の評価が可能だ。死亡率は対照群と比較して高値ではない。しかしホルモン投与は、以下述べる副作用と関連がある。

静脈血栓症
この副作用発生率は、経口エチニルエストラジオール服用をしている、MTFの2から6%だ。インビトロの研究では、この血栓症性の効果は、経口エチニルエストラジオールに典型であり、経口17βエストラジオールや経皮エストロゲンではない。体を動かさないことは、血栓症のリスク要因であるため、外科手術を受ける3、4週間前には、エストロゲン投与は中止すべきだ。手術後、患者が十分に体を動かせるようになれば、エストロゲン投与は再開可能だ。

動脈硬化
男女間における心血管系疾患の発現率のかなりの性差は、ホルモン療法による影響を予期させるものではあるが、実際のリスクについては不明だ。MTFにおけるエストロゲン投与と、FTMにおけるアンドロゲン投与の、生化学的リスクマーカーへの影響は研究されている。それによれば、アンドロゲンよりエストロゲンの方が、影響は否定的だ。しかし、ホルモン療法の心血管系へのリスクへの影響の十分な評価には、長期的な臨床研究が必要だ。低ゴナドロピン血漿患者に用いられる、ホルモン補充療法と比較し、性同一性障害者では、使用量がかなり多いことは、銘記すべき事だ。

膵炎
高トリグリセリド血症のある37歳のMTFが、SRS前のエストロゲン療法に関連して、生命に危険のある重症の膵炎を発症した。このまれなエストロゲン投与の合併症は、今日まで、女性にしか見られていない。

プロラクチン分泌細胞腺腫
ホルモン療法開始前は、正常なプロラクチン血中濃度だったが、多量のエストロゲン投与の後、プロラクチン分泌細胞腺腫を発症した報告が4例ある。我々は最近、14年の正常量エストロゲン投与の後に、脳下垂体の微小プロラクチン分泌細胞腺腫を発症した1例を経験した。原因論については確定してないが、エストロゲン投与をしているMTFについては、長期的なプロラクチン血中濃度の測定を、我々は推奨している。

乳がん
エストロゲン投与中に乳がんを発症したMTFの報告が2つある。我々の約1800名のMTFでは、今のところ、そういった例はない。しかしこれだけの数と、エストロゲン投与の期間の多様さ(1年から25年)からは、リスクを評価する確固たる結論は出せない。加齢はがんの要因であり、長期的なエストロゲン被爆も要因の可能性がある。それゆえ何才でエストロゲン投与をやめるべきかを議論するのは適切なことだ。どの患者においても、定期的な医学的検査に加えて、胸の自己検診もエストロゲン投与の副作用チェックには欠かせない。女性へのガイドラインと同じである。
驚くべき事に、両胸の乳房切除術後のFTM乳がんの発症例が1例ある。これは、乳房の
残遺組織に、テストステロン治療の10年後に起きた。テストステロンは一部分が芳香化され、エストラジオールとなる。

良性の前立腺過形成
前立腺性別適合手術によっては除去されない。前立腺切除は、やっかいな外科手術で、尿失禁などの合併症をきたしうる。予期されるとおり、前立腺の大きさは、アンドロゲン抑制の後は、縮小する。エストロゲン投与は、前立腺過形成や前立腺がんの徴候を引き起こさない。良性の前立腺過形成で、経尿道前立腺切除を必要とした、一症例の報告がある。疫学的研究によれば、40歳前の精巣摘出は、前立腺がん及び良性の前立腺過形成の発達の予防となる。この一症例の報告は、女性ホルモン投与開始は40才過ぎてからである。25年の女性ホルモン投与後に、精丘が肥大し障壁となり、精丘切除が必要となった報告も一例ある。

前立腺がん
女性ホルモン投与中で、前立腺がんになったMTFの症例は3報告ある。これらのがんが、エストロゲン感受性があったのか、エストロゲン投与前から存在し、その後にアンドロゲン非依存性に脱分化したのかは明確ではない。これらの患者は女性ホルモン開始は50才を過ぎてからだった。既述したように、疫学的研究によれば、40歳前の精巣摘出は、前立腺がん及び良性の前立腺過形成の発達の予防となり、この3報告は矛盾とはならない。ほとんどのクリニックでは、前立腺特異抗原のスクリーニングはルーティンには行わない。

卵巣がん
我々は最近、テストステロン投与を長期行っているFTMにおける卵巣がんを2例経験した。アンドロゲン投与されるFTMの卵巣は、多嚢胞性卵巣と類似していて、より悪性化しやすい。それゆえ、性別移行後のFTMの卵巣を除去することは、合理的に思われる。いくつかの国では、治療は保険適用されておらず、それゆえ卵巣切除が遅れる可能性があり、悪性化のリスクを高める。

Principles of Transgender Medicine and Surgery (Human Sexuality (Hardcover))

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