性別違和症候群って何?

ラスト・フレンズのルカの病名として俄然注目を集めた「性別違和症候群」。
だが、ネット上では「性別違和症候群って何?」と謎を呼んでいた。
それも無理はない。
そんな病名は、現在、DSMにもICDにもない。
でもフジテレビの造語ではない。
日本では山内俊雄先生が繰り返し使っている。
たとえば、(性同一性障害の基礎と臨床、2001年、49P)


>一般には違和感を有するものを広く性別違和症候群(gender dysphoria syndrome)ととらえ、その中で、後に述べる特徴的な症状を示すものを性同一性障害(gender identity disorder)といい、その中で、性を変えたいという変性願望や性転換願望を持ち、ホルモン投与や性転換術までも行おうとする状態を性転換症(transsexualism)とよぶ。


という記載が代表的。
ちなみに「一般には」と書かれているが、「性別違和症候群」などという日本語は、現在は山内先生以外での使用例はあまり知らない。
とはいうものの、これは山内先生の造語でもない。


これはかつての、性同一性障害日本語二大文献に出てくる由緒ある言葉なのだ。


高橋進 性的異常の臨床、1983年、88p」
>付記
Transsexualism=性転換手術と考えるのは、ゆき過である。また日本語で性転換症と訳されているが、及川卓氏は、transsexualismという用語に、どうしても「性転換」というニュアンスがつきまとい、訳語のレベルだけではそれをぬぐいきれないとするならば、いっそのことtranssexualismという用語そのものを廃棄してgender dysphoria syndrome(仮訳:性別違和症候群)という用語を採用することを提案している。


「及川卓:性別同一性障害、現代精神医学体系(8)、1981年、255p」
>どうしても「性転換」というニュアンスがつきまとい、訳語のレベルだけではそれをぬぐいきれないとするならば、いっそのことtranssexualismという用語そのものを廃棄してgender dysphoria syndromeという最近の用語を採用することを提案したい。


でさらに、追及すると、このgender dysphoria syndromeという概念は、1974年のFiskの
「Gender dysphoria syndrome--the conceptualization that liberalizes indications for total gender reorientation and implies a broadly based multi-dimensional rehabilitative regimen」
という論文から来てる。
(下記URLで全文読むこと可能。)
http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=1130142


簡単に言うと、transsexualより広範な概念として、「gender dsyphoria syndrome」を提唱。
しかし、残念なことに1980年、DSMでgender identity disorder(性同一性障害)病名が採用されることで、以後、英文ではgender dsyphoria syndromeという病名はほぼ使われなくなる。
(症状としての「gender dysphoria」はその後も使用される。)


すなわち時系列でまとめると以下のとおり。


もともとtranssexual(性転換症)が使用されていた。
1974年Fiskにより「gender dsyphoria syndrome」が提唱される。
1980年、DSMで「gender identity disorder」が採用され、「gender dsyphoria syndrome」は英語圏では使用されなくなる。
1981年、及川先生はFisk論文をもとに、日本に「gender dsyphoria syndrome」概念を紹介。
1983年、高橋進先生は及川論文を読み「gender dsyphoria syndrome」に「性別違和症候群」という訳語を与える。
1996年、山内先生は及川論文、高橋論文を読み「性別違和症候群」を再紹介する。


というわけで、1974年の概念が、日本で不思議に長らえているわけだ。


ちなみに、山内論文では、性同一性障害概念より広いものを性別違和症候群としているが、調査した限りその根拠は不明。
1980年のDSM性同一性障害は、ほぼ、gender dysphoria syndrome近似概念のようだし、その後、両者の違いを論じた文献が見当たらない。
山内先生自身、1996年の「『性転換治療の臨床的研究』に関する審議経過と答申」では、


>これを性同一性障害gender identity disorderあるいは性転換症transsexualism 、性別違和症候群gender dysphoria syndromeと呼ぶ。


と、3概念を同義語として用いている。
だが、なぜか、その後の山内論文ではこの3概念は、性別違和の強度の異なる別個の3概念として記されるようになるのである。