2008.5.11.読売
[追う]父のまま女と認めて 戸籍変更要件、緩和でも「離婚」必要
性同一性障害者の戸籍上の性別変更を認める特例法について、変更要件を緩和する改正案が今の通常国会に提案される見通しだ。子供がいる人は変えられずにいるが、与党は「未成年の子がいないこと」に緩める方向で野党と調整している。「心の性別」で生きたいと望む人やその家族は、今回の動きをどう見ているのか。(玉城夏子)
公園で談笑するスカート姿の2人。福岡県中間市の公務員・野見山美佐さん(48)と妻・陽子さん(45)は学生時代に知り合い、1984年に結婚した。戸籍上は2人の娘を持つ夫婦だ。
「実は女性ホルモンの薬を飲んでいる」。約7年前、陽子さんは夫から、性同一性障害者であると告白された。頭が真っ白になり、離婚を考えた。2人の娘も「近くにいたくない」と反発、夫は1人で家を出た。
夫は「美佐」と名を改め、化粧をするようになった。「オカマ」と陰口をたたかれ、親類からも孤立。生きることに苦しむ夫の姿を見て、「そばで支えたい」と思うようになった。娘たちも陽子さんの説得で、父を受け入れてくれるようになった。2年間の別居生活を乗り越え、今は家族4人一緒に暮らす。
超党派の議員立法で2004年施行された性同一性障害者性別特例法は、性別変更の際に「婚姻していないこと」「子がいないこと」など五つの要件をつけた。「女である父」「男である母」の出現で家族秩序が混乱する、との指摘があったためだ。
しかし、この障害が広く認知されていなかった時代、悩みながらも結婚し、子を授かった人は多い。このため「離婚しても、子供がいれば変えられないのか」と「子なし要件」には当初から批判が多かった。
今回の法改正で、与党は「未成年の子がいないこと」に改める方向で野党と協議中。民主党は「子なし要件撤廃」を主張している。
昨年、美佐さんの二女が成人した。与党案での特例法改正が実現すれば、形だけ陽子さんと別れる「ペーパー離婚」で、性別を変える道が開かれる。戸籍上も「女性」と認めてほしい−−。美佐さんはそう願いながらも悩む。「家族は私にとって一番大切な存在。結びつきが壊れるのは怖い」
そばで陽子さんはこう話す。「『普通』って何なんでしょうね。お父さんとお母さんが同性という家族があってもいいのでは」
医師や研究者でつくる「GID(性同一性障害)学会」の大島俊之理事長(九州国際大法学部教授)によると、欧米では1970〜80年代から性同一性障害者の性別変更が認められ、「子なし要件」を設ける国はない。オランダやカナダでは近年、同性による婚姻も認められ、性別変更での「独身」という要件も削除された。
「乳房切除など『心の性』に体を合わせる手術は日本でも、子供の有無にかかわらず行われている。戸籍上の性別変更も柔軟に認めるべき」と大島さんは提言する。
◆性同一性障害、国内に数万人
性同一性障害は心と体の性別の不一致に悩み、自分の体に強い違和感や嫌悪感を抱く医学的疾患。国内に数万人いるとされ、東京都世田谷区議の上川あやさん、シンガー・ソングライターの中村中(あたる)さんら、障害を公表し活動する人も増えた。しかし外見と戸籍の性別が違うため、就職や転職で不利益を受ける人も少なくない。九州では偏見を恐れて、東京や関西に出る人も多いという。
美佐さんが仲間たちと結成した自助グループ「GIDふくおか」などは6月から、福岡県春日市のクローバープラザで性同一性障害の勉強会を開く。広く市民の参加を呼びかけている。問い合わせはメール(gid_fukuoka@mail.goo.ne.jp)で。