性同一性障害性別変更の要件 子どもいても認めて

毎日新聞 2008.4.23.
性同一性障害性別変更の要件 子どもいても認めて

http://mainichi.jp/select/opinion/newsup/news/20080423ddn005040063000c.html
ニュースUP:性同一性障害、性別変更の要件=奈良支局・高瀬浩平
 ◇子どもいても認めて
 心と体の性別が一致せずに悩む性同一性障害GID)の人が、戸籍の性別を変える手続きを定めた性同一性障害者性別取扱特例法(GID特例法)の改正に向けた動きが加速している。焦点は現行法が性別変更の要件としている「子なし要件」撤廃だ。法改正への動きを熱く見つめるGID当事者の会社員、森村さやかさん(47)=通称、奈良県生駒市=にとって、現行法成立後の約5年間は、当事者として、親として、自問自答を繰り返した日々だった。

 「子どもに影響が出るのが怖い。一切の縁を切りたい」。森村さんがGIDと診断された後、既に離婚して子どもの親権を譲っていた元妻はそう切り出した。

 「パパ、今度はいつ会えるの?」

 森村さんは今年3月、東京の参議院議員会館で開かれた民主党の特例法見直し検討チームの会合で、約7年前に子どもと最後に会った場面を語った。ビーズのブレスレットをかざしながら、「これは子どもがお手洗いに行く時に、パパ、預かっててと言われた物です。まだ返せずにいます」と話し、ハンカチで涙をぬぐった。会えない子どもに、今も月5万円の養育費を送り続けている。

 私が森村さんを知ったのは06年11月。奈良家裁に戸籍の性別変更を申し立てた森村さんを取材したのがきっかけだ。その時はGIDとは何か、まったく分からなかった。「知りたい」という一心で、時間をかけて森村さんに話を聞くようになった。

 森村さんは男性として生まれたが、幼いころから、姉の服をこっそり着たり、化粧をしたりしていた。小学生の時には「おかま」といじめられた。中学校に入ると、服を脱がされるなど性的嫌がらせも受けた。教師からは「男らしくしなさい」と説教された。

 「自分がおかしいからいけないんだ」。森村さんは自らを責め続けた。「男らしくなれるかもしれない」と、高校では応援団に所属した。結婚して子どもも1人できたが、「あのころは、男性としての役割を果たそうと一生懸命だった」。06年1月に性別適合手術を受けた。

 特例法については当事者にも賛否両論あり、森村さんも迷った。子どもがいる森村さんは、特例法の対象外だ。当事者の親友から「今この船(法律)を出さないと、次の船(法律)は出ないよ」と説得された。法案には施行から3年後の見直し条項が付いたこともあり、涙をのんで賛成した。

 法が成立した日、喜びに沸く当事者たちを尻目に、森村さんは「子どものいる当事者を裏切ってしまった」と複雑な心境だった。記者会見に出席し、「この法律は私たちが待ち望んでやっと生まれた『子ども』です。『立派な人』として歩ける法律にしていきたい」と話した。この時、「子なし要件の全廃を目指そう」と決意した。

 「子なし要件」が盛り込まれたのは、「女性の父」や「男性の母」が生じ、子どもが混乱し、差別やいじめを受ける恐れがあるというのが理由だ。

 性的マイノリティー(少数派)に対する偏見は根深い。与野党の国会議員に陳情し、フォーラムを開くなど、「子なし要件」撤廃を訴える運動に取り組む森村さんは、インターネットでバッシングされるようになった。「子どもをつくることができた人なんてGIDじゃない」「ニセモノ」と容赦ない中傷が飛び交い、精神科医に一時、適応障害と診断されるまで追い込まれた。

 特例法の改正を巡り、与党にも「子なし要件」を、「未成年の子どもがいない」に緩和しようとする動きがある。民主党内には「子なし要件」を削除しようという議論もある。森村さんは特例法成立によって、子どもがいる、いないで、当事者が分断されたことを心苦しく思っている。「『子どもが成人』の要件を入れると、当事者を分断する歴史が繰り返される。きれいな形で子なし要件がなくなるように働き掛けたい」

 当事者団体などの調べでは、07年12月末までに840人が特例法で戸籍の性別変更を認められた。その一方で、取材のきっかけになった森村さんの申し立ては、「子なし要件」は違憲だと主張して最高裁まで争ったが、棄却された。

 森村さんたちが開いたフォーラムに参院議員が傍聴に訪れ、地元・生駒市の議会が「子なし要件」削除を求める意見書を昨年12月可決するなど、支援の輪は少しずつだが確実に広がっている。取材をするうちに、私は次第に、当事者が少しでも生活しやすいよう、戸籍の性別を本人が望むように変えられないかと思うようになった。特例法改正の動きが具体化している今、マイノリティーの中にいる更なるマイノリティーとも言える森村さんたち特例法から置き去りにされた人たちが振り絞る声に耳を傾けてほしい。

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 ◇性同一性障害者性別取扱特例法(GID特例法)
 性同一性障害GID)であると医師に診断された人について、20歳以上である▽現在結婚していない▽子どもがいない▽性別適合手術を受けた−−という要件すべてを満たせば、家庭裁判所が戸籍の性別変更を認めることを定めた法律。当事者の強い要望を受け、03年7月に超党派議員立法で成立した。

毎日新聞 2008年4月23日 大阪朝刊