ドキュメント 両性の間で 「病気じゃない」

2005.7.6.読売新聞九州版


ドキュメント 両性の間で <8>「病気じゃない」


 書店で雑誌を万引きした高校生を店員が見つけ、追いかけた。高校生は雑誌を持ったままビルの屋上に駆け上がり、そのまま地上へ身を投げて死亡した。持っていたのは、1000円もしないゲイ(男性同性愛者)向けの雑誌だった。

 この話は、九州のゲイの間で20年以上前から語り継がれている。出所がはっきりせず、語る人によって若干の内容が異なり、事実であるかどうかも判然としない。

 しかし、話が半ば伝説化したのには理由がある。同性愛者が一度ならず経験する、社会に圧殺されるような不安な心情を象徴的に示しているからだ。ゲイであることを恥じ、隠したいつらい胸の内が読み取れる。

 ◆悩む青少年支援サイト開く
 「同性愛は、趣味や嗜好(しこう)の範ちゅうで見られている」と、ゲイで高校教師の藤田潔(42)(仮名)(大阪府在住)は表情を曇らせる。同性愛で悩む青少年をサポートするサイトを運営し、ゲイの高校生の自殺についても紹介している。

 同性愛者への偏見をなくすため、性的少数者についての授業を勤務先の学校で進言してきた。しかし、学校やPTA、教育委員会を説得するのは至難の業だ。藤田自身も不要なトラブルを避けるため、学校関係者に自分がゲイであることをカミングアウト(告白)できないでいる。

 同性愛は、一般にどうとらえられてきたのだろうか――。

 広辞苑では、「同性愛」の記載が第4版(1991年)を境に変化している。第3版(83年)までは「同性を愛し、同性に性欲を感ずる異常性欲の一種」だったのが、第4版では「同性の者を性的愛情の対象とすること。また、その関係」に改められた。

 編さんにあたる岩波書店辞典編集部は「学問的な新しい知見などを反映させて変更した」としている。

 世界保健機関(WHO)も93年、国際疾病分類の範ちゅうだった同性愛を、治療の対象から外している。

 これまで誤った「治療」で苦しんだ人は多い。藤田もその被害者だ。高校3年の後半、「ゲイを治そう」と国立の大学病院の精神科を訪れ、「のろいの日々が始まった」と振り返る。医師や行動療法カウンセラーのアドバイスに従い、治療を続けた。

 自分が一番好きなものを女性に、嫌いなものを男性にイメージづけるイメージトレーニング。藤田は「女は温泉、男はどぶネズミ」と頭に描いた。性愛の対象として女性を思い描く訓練では、「女性が無理なら、せめて宝塚歌劇団の男役を想像しなさい」とまで指示された。いま考えれば、たちの悪い冗談でしかない。

 「病気だと思い込んだせいで、10年ほど青春を無駄にした」と藤田。だから知り合った同性愛に悩む若者には、こう話すことにしている。

 「悩む必要はない。そのままの自分でいいんだよ」

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 家庭内暴力児童虐待、同性愛者などに関する人権市民団体「SIESTA」(本拠地・宮崎県都城市)代表、元野広慈(33)は講演などで各地を訪れるたび、「医学的知見の変化とは対照的に、世間はまだ同性愛について無理解」と実感している。人口の5〜10%が同性愛者と、元野はみている。性的指向は人それぞれ異なっているのが当たり前で「みんなが普通」なのだ。

 「無知と無関心が様々な人権侵害を招く。性的少数者について正しい知識を持ってもらいたい」

 元野はこれからも奔走していくつもりだ。(敬称略)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/document/006/do_006_050707.htm