原田正純先生死去

http://mainichi.jp/select/news/20120612k0000m040088000c.html
尊敬する大先輩だった。
冥福を祈る。


2004年10月27日の日記を再掲する。
http://www.harikatsu.com/nikka2/calen.cgi?mode=view&YMD=20041027&w=3


>今朝の朝日の朝刊に原田正純先生が出ていたので、写経をする。

インタビューしたのは、永遠の熱血少年、豊君。
原田先生とは、一度お酒をご一緒させていただいたが、心底尊敬できる先生である。
水俣病であれだけの仕事をしていながら、飾ったところがまったくない。
どこまでも人格者という感じだ。
そのとき爪の垢を飲み損ねたので、代わりに、気に入ったお言葉を本日写すことにする。

>医学の任務は水銀の影響を科学的にあきらかにするもので、基本的に認定から自由であるべきだ。しかし、水俣病では医学判断が「どこまで補償金を払うか」の問題にすり替った。

>患者の訴えから症状を細かく拾い、その人がどんな生活をしていたか調べれば診断は難しくない。
>患者を信じない、現場にいかない、机の上の紙だけで考えるからそうなる。

>国はとにかく「ここから上だけが水俣病だ」ということを死守してきた。それは結局、長期微量、遅発性、胎児への影響といった、未来にとって大事な「底辺の部分」の研究にフタをした。この罪は大きい。