性同一性障害の子 喜びと課題

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朝日鹿児島

性同一性障害の子 喜びと課題
2010年03月08日

 心と体の性が一致しない性同一性障害と診断された鹿児島市の中学1年の女子生徒(13)が、4月から男子の制服を着て学校に通えることになった。「3万〜10万人に1人いる」とも言われる性同一性障害。生徒は喜ぶ一方で、家族は「専門の医療機関の整備が必要」などの課題も口にする。(三輪千尋


●男子制服を心待ち
 生徒は以前から「セーラー服を着ると気分が悪くなる」と両親に訴えていた。昨年7月、両親は学校に男子制服で通学する許可を求めた。学校側は困惑したが、同じような例があった他県の学校から情報をもらったり、スクールカウンセラーを交えて対応策を話し合ったりした。
 2月20日、専門医が「性同一性障害」の診断書を出したのを機に、学校は男子制服での通学を許可することにした。名簿も、本名ではなく男性の俗名を男子の名簿に載せる。校長は「診断書には重みがある。子どもを守るための決断」と話す。
 4月以降、生徒は体育などの着替えは別室で行い、職員用女子トイレを使えるよう調整中。いじめや差別が起きないよう、他の生徒には十分説明する構えだ。
 生徒は「もう女装しなくて済む」と、月末に仕上がる男子制服を心待ちにしている。


●地方にも診断できる機関を
 生徒の母親(41)が「他の子と違う」と感じたのは、3歳のころだったという。
 「お母さん、自分が男だったらうれしい?」。申し訳なさそうに問いかけてきたという。三人姉妹の末っ子。だが、姉2人とは明らかに違っていた。2人のお下がりの服を嫌がった。遊ぶのは男の子とばかり。いつも泥だらけになって帰ってきた。
 小学5年生の終わりごろ、胸が膨らみ始めた。「何でだろう」。生徒は違和感を覚え始めたと話す。水泳の授業は女子用水着の上にTシャツと男子用水泳パンツをはいた。中学入学後、その違和感は大きくなった。1学期の終わりごろの昨夏、「もう嫌だ」と言って家族に当たり散らした。家族が生徒の好きな相手が女子だと知ったのは、そのころだった。
 「隠し通さなきゃ」。母親は、保守的な鹿児島では生徒は到底受け入れられないと思っていた。「この子はこの先どうして生きていけばいいのか」。性同一性障害について懸命に調べ、同じような障害がある人にも会って話を聞いた。そして救われた。「この子は1人じゃないって分かったんです。認めようって」
 母親は2月のPTA総会後、50人ほどの保護者に我が子のことを説明した。「前から分かっていたよ」と言ってくれる人もいた。一方で「自分の子どもだったら認めない」と批判する人もいる。だが、母親は「ここで隠したら、一生隠し続けないといけない」と前向きに受けとめている。
 母親は必要な支援策として「その子がどうしたいか周りが一緒に考えてあげることと、専門の医療機関」と話す。病院では「体に心を合わせなさいよ」という医師も実際にいた。「子どもの場合は診断が難しく、もしかしたら性同一性障害ではないかも、ということもある。ちゃんと診断してくれる医療機関を地方にも整備してほしい」


●周囲は理解を
 2004年に施行された「性同一性障害特例法」では、20歳以上▽結婚していないこと▽子どもがいない、などの要件を満たせば、性別変更が認められるようになった。08年には条件の内の「子がいない」から「未成年の子がいない」に緩和された。
 今回の学校の決定に、鹿児島市で飲食店を営む若松慎さん(36)は「良かったよね」と喜んだ。自身も「体は女、心は男」という状況に悩み苦しみ、34歳で戸籍変更をして「男に戻った」。同じ性同一性障害の麗奈さん(37)と互いに性を変えて結婚した。
 「時代は動いているなと感じた」。若松さんが学生のころは「女子の制服を着るのが嫌」と言える雰囲気ではなかったという。「性同一性障害」という言葉もなく、周囲の理解は得られなかった。
 生徒は今後、好奇の目にさらされるかもしれない。若松さんは「偏見は絶対になくならない」と断言する。「でも家族や周囲の理解があれば、耐えていけるはず。自分だからこそ、こういう風に生まれてきたって腹をくくらなきゃ」とアドバイスした。
 「女から男になったワタシ」(青弓社)の著書で知られる作家虎井まさ衛さん(46)=東京、大学非常勤講師=は「未成年の場合、懸念もある」と指摘する。虎井さんも特例法により、戸籍などの性別を女から男へ変更することが認められた。
 虎井さんによると、制服を変えることだけを望んでいた生徒に対し、周りが気を使いすぎ、男子トイレを使わせるなど他のことまで変え、逆に本人が悩んだ例もあったという。「特に未成年者の場合、ニーズに合わせた細かい対応が求められる」
 性同一性障害が人権問題と認識され、対応が進むことを高く評価する一方で、講演会などで訪れた学校現場で戸惑う教員たちの話を耳にすることもあるという。「性同一性障害の生徒への個別の対応は、単に甘やかしではないかという人もいるんです」
 同じように悩み抜いたからこそ、虎井さんには言えることがある。「あえて学校や友人には言わず、卒業してから地元を離れ、過去を知らせずに生きる子もいる。望んだことがある程度通る世の中になったからこそ、どう生きるかは本人がしっかりと考えないといけない」


 《性同一性障害》 心と体の性が一致せず、自分が間違った性別に生まれたと確信しているため、社会的、精神的に困難を抱えている状態。性同一性障害特例法施行で、性別変更できるようになった。国内では、兵庫や埼玉の公立小学校に通う男子児童が、女子として通学が認められた例がある。