[ニュース]ドキュメント 両性の間で <5>「特例法」に憤り

2005.6.15.読売新聞九州版


ドキュメント 両性の間で <5>「特例法」に憤り


 性同一性障害GID)の当事者に、戸籍上の性別記載の変更を認める「性同一性障害者特例法」が施行されて、7月16日で1年を迎える。

 「こんな質の悪い法律がありますか。絶対に見直さなければ」と、神戸学院大学法科大学院教授の大島俊之(57)は憤る。

 大島は1983年から、戸籍上の性別変更について「GIDの診断を受けている」「性別適合手術を受けている」「戸籍訂正の時点で婚姻していない」の3件を満たせば許可すべきとした。関係者の間では「大島3要件」として知られる。

 そして、大島自らや当事者のマスコミ登場による世論喚起と、国会議員への勉強会を通じての働きかけで、特例法は議員立法として実を結んだ。

 特例法では、性別変更に必要な要件として〈1〉20歳以上〈2〉現に婚姻をしていない〈3〉現に子がいない〈4〉生殖腺がない。または生殖腺の機能を永続的に欠く状態〈5〉心の性と同じ身体的外見を備えている――を定める。

 大島の強い反対にもかかわらず、特例法は3要件を踏まえながら、「現に子がいないこと」という「子なし要件」が加わった。法案作成の過程で、法務省が「子の福祉の観点」から、「『女である父』や『男である母』の出現で、家族秩序に混乱が生じる」と主張し、組み込まれたのだ。大島の怒りの原因はここにある。

 ◆性別変更阻む「子なし要件」

 子どものいる当事者は戸惑いを隠せない。

 「こんな法律、勘弁してほしい。これでは女になれない」。山口県在住の会社員、津久井宏(43)(仮名)は、ため息をつく。妻と小学校に通う息子2人の4人暮らし。

 心と体の性が違うことを思い悩んできた。30歳過ぎで結婚するまで、家族から「早く結婚するように」とのプレッシャーが強かった。「結婚すれば、普通の男に戻れるのではないか」との期待も自身にあった。

 だが、やっぱり無理だった。「普通の男であればこうするのだろう」と考えて夫と父親を演じ続けるしかなかった。自身がGIDと気づいたのは、2人目の子どもに恵まれた後の30歳代後半になってからだった。

 2年前、妻にカミングアウト(告白)した。夫婦仲は冷え切ってしまったが、子どもたちを愛する気持ちには変わりがない。ただし、「父親としてではなく、母親として」だ。

 津久井は息子2人をよく風呂に入れてやる。「お父さんのおっぱい大きいね」。子どもたちは、数年前から始めたホルモン治療で女性化した父親の体を不思議がる。「お父さんは女なの」。その一言をどうしても口にすることができない。「いつかは分かってもらいたい。だって本当にわたし、普通の女なんですよ」

 状況が許せば、性別適合手術で女性の体となり、併せて戸籍の性別も変えたいと考えている。津久井にとって肉体ばかりでなく、社会的に女性にならなければ完全ではないのだ。

   ◇   ◇

 70年代から80年代にかけ、戸籍変更の法整備が進んだ欧米で、子なし要件を設けている国はない。「欧米に20年も30年も後れをとり、しかもこんな非人道的な内容になるなんて」。大島のため息は深い。

 特例法の付則には、施行後3年をめどとして、施行状況、当事者を取り巻く社会環境の変化などを勘案して検討が加えられる旨が規定されている。

 「戸籍変更を認めようが、認めまいが、男になれないお父さん、女になれないお母さんが家庭にいる状況に変わりはないんですよ。子どもだって、親の本当の幸せを願うのではないですか」。大島は今後、子なし要件の撤廃を強く世論に訴えていくつもりだ。(文中敬称略)

http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/document/006/do_006_050616.htm