性分化疾患:乏しい支援 「男か女か、自分は何者?」 成人患者が苦悩

http://mainichi.jp/select/science/archive/news/2010/11/01/20101101ddm001040057000c.html

性分化疾患:乏しい支援 「男か女か、自分は何者?」 成人患者が苦悩
 <追跡>

 染色体やホルモンの異常で男性か女性かが明確に区別しにくい「性分化疾患」について、小児医療の分野で初の実態調査や診療の底上げが本格化してきた。日本小児内分泌学会は10月、過去5年間の受診者は未成年だけで少なくとも3000人に上ると公表。長年タブー視されてきた疾患にようやく光が当たり始めたが、成長後の患者への支援はなお乏しく、人知れず苦しむ人は後を絶たない。

 <私の主治医はこの病気を診るのが初めて。心配です><子どもは望めませんか>

 奈良県桜井市で内科クリニックを開業する岡本新悟医師(64)は性分化疾患の一種「クラインフェルター症候群」の患者から10年間で約800件のメール相談を受けた。思春期以降に気付くことの多い染色体異常の疾患で、約1000人に1人の割合で生じる。性器などは基本的に男性だが、人によっては乳房が膨らむ。ホルモンが不足し骨粗しょう症や内臓疾患になることもある。

 性腺の疾患の治療に長く携わってきた岡本医師をインターネットなどで知り、九州から通院する人もいる。「治療を受けたいのに、どこを受診すればいいのか分からないという人が少なくない」と岡本医師は話す。

 性分化疾患は出生後の性別判定を担う小児科でも専門医が少なく、成長後も診察できる医師はさらに限られる。患者を30年以上診てきた菅沼信彦・京都大教授は「時間をかけ患者の心と向き合わなければならない疾患のため、医師が敬遠しがちなのではないか」と指摘する。

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 「男でも女でもない。自分は何者なのか」。東京都内のグラフィックデザイナー(35)は男性的な発達が不十分で、小学生のころからいじめられた。20代になると内臓疾患を次々と発症。そのたびに医師らは「治りが悪い」と首をかしげたが「原因不明」「まあ大丈夫」で済まされた。

 自分の体で何が起きているのか。ネットで調べるうちにクラインフェルター症候群を知り、2年前、大病院で染色体検査を受けた。思った通りだった。

 病名は分かったものの、専門医が見つからない。人づてに聞いた薬を個人輸入して飲んだが、心も体も男性と女性の間を揺れ動き、頭痛や倦怠(けんたい)感が増すばかり。ネットで出会った患者仲間の情報で専門の小児科医を訪ねると「ここでは18歳以上は診られない」と経験豊富な泌尿器科を紹介された。今年5月に男性ホルモンの補充を始め、今はやっと自分を男性と感じられる。

 同学会は今後も実態調査を続け、患者が直面している課題を探り支援に反映させる考えだ。しかし調査対象を小児科医に絞っているため、クラインフェルター症候群など成長後の患者は受診者の概数さえ把握できない。

 グラフィックデザイナーが治療を始めて約半年が過ぎた。「随分遠回りしてしまった。何に迷ってきたのだろう」。階段を上るだけで息が切れた体は、富士山に登頂できるほど元気になった。それでも「おかしいと気付きながら、なぜどの医師も原因を探ろうとしてくれなかったのか」との思いは消えない。

 専門医の一人、大阪府立母子保健総合医療センターの島田憲次医師(泌尿器科)は言う。「性分化疾患は男女どちらに決められて育っても不全感を抱いて生きていく。医療者が連携し、患者の人生を見守っていかなければならない」【丹野恒一】

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 ■ことば

 ◇性分化疾患
 通常は男女どちらかで統一されている性器や性腺(卵巣・精巣)、染色体の性別がそれぞれあいまいだったり、一致せずに生まれてくる病気の総称。70種類以上あり、病態はそれぞれ異なる。「半陰陽」「両性具有」などとも呼ばれてきたが、蔑視(べっし)的な響きがあるとして、日本小児内分泌学会が昨年10月、この総称に統一することを決めた。

毎日新聞 2010年11月1日 東京朝刊