記者席:「ブレンダ」の悲劇に想う

記者席:「ブレンダ」の悲劇に想う (朝日 2005/06/21夕刊・科学面)


 生後8カ月の男児包茎手術の失敗でおちんちんを失った。両親から相談された性科学の権威J・マネー博士は、女の子として育てることを勧めた。年一度の面談や折々届く母親からの報告を元に、博士は「性役割は育て方で決まる」と発表する。

 思春期に入ったその子が深刻な心理的葛藤を抱えたことは、月刊誌「科学朝日」の編集部員だったとき知った。86年12月号に、ハワイ大で研究中の池上千寿子さんに最新情報を寄せてもらえたからだった。

 5月に出たノンフィクション「ブレンダと呼ばれた少年」(扶桑社)を読み、事の顛末(てんまつ)が詳しくわかった。15歳で男に戻った少年は、25歳で子持ちの女性と結婚した。そして昨年、38歳で自ら命を絶った。

 驚くべきは、マネー博士の自説への固執ぶりである。事実を見ようとせず、批判には耳を傾けない。

 もっと驚いたのは、最後の解説だ。この例を男女共同参画に見直しを迫るものと位置づけているのだ。

 マネー博士の説の間違いを指摘したハワイ大のM・ダイヤモンド教授に連絡をとった。「生まれつきか育て方か、一方ではなく、両方の相互作用が性を決めるのです」と教授は言う。そして「男とは、女とは、こうあるべきだといった自分の好みを他人に押し付ける権利は、何人といえども持っていない」と強調した。

 これこそ男女共同参画の理念ではないか。痛ましい悲劇から汲み取る教訓を間違えてはいけない。

 科学医療部次長 高橋真理子