トランスジェンダーをめぐって

こころの科学 220

嫌悪――ネガティブ感情はなぜ生じるのか

P42-47

針間克己 トランスジェンダーをめぐって

 

はじめに

トランスジェンダーに対しては、我が国では、1990年代以前は「おかま」や「おなべ」といった蔑視表現とともに、広く嫌悪感情が向けられてきた。1990年代以降は、「性同一性障害」という医学的理解の広がりとともに、嫌悪感情は軽減していった。しかし2000年代に入り、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルもふくめた「LGBT」という言葉が使われだし、人権の啓発活動が盛んになるにつれ、それへの反動かのように、一部で嫌悪感情の強まり、広がりを見せているように思われる。「LGBTへの偏見や差別はいけません」、「偏見や差別を防ぐには正しい知識を持ちましょう」というキャッチフレーズは当然であり、大事なことではあるが、こういったフレーズを呪文のようにとらえるだけでは、嫌悪感情の軽減、解消にはつながらないとも思われる。嫌悪感情が発生するメカニズムの考察もまた必要と思われる。本稿では、性別違和(性同一性障害)の臨床をしている精神科医としての立場から、主にトランスジェンダーへの嫌悪について、そのメカニズムを考察していきたい。

 

嫌悪とは Disgust、Aversion、Phobia

混乱を避けるために、まず用語の整理をする。日本語の「嫌悪」は、精神医学の世界ではおもに3つの英語の訳語として用いられているようだ。

まず「disgust」。これは、まずいものを食べて吐き出したくなるようなネガティブ感情で、本誌特集の「嫌悪」は、このdisgustの訳語を意味すると思われる。 

次に「aversion」も訳語として「嫌悪」が用いられることが多い。条件付けの行動療法として有名な「嫌悪療法」は英語では「aversion therapy」である。aversionの動詞形のavertは、「避ける」という意味なので、「嫌悪」より「忌避」の訳語のほうが正確だと思われる。「aversion therapy」とは、嫌いになるだけでなく、「嫌いになって避ける」行動をとるように条件づける治療法である。性障害の一つに「性嫌悪障害」があるが、これも元の英語は「Sexual Aversion Disorder」である。性行動を嫌いになり、避けるようになる疾患であるが、「性嫌悪障害」という訳語からは、「避ける」という意味が抜け落ちたものとなっている。

 最後に、「phobia」も「嫌悪」と訳されることがある。phobiaは一般的には「恐怖」と訳される。ただし、「homophobia」、「transphobia」はそれぞれ「同性愛嫌悪」、「トランス嫌悪」と訳されることが多い。「homophobia」は同性愛に対する不合理なネガティブ感情を示し、「transphobia」はトランスジェンダーに対する不合理なネガティブ感情を示す。これらのネガティブ感情は、同性愛やトランスジェンダーを「怖い、恐ろしい」と思う気持ちより、「嫌う、気持ち悪く思う」といった感情が主たるものである。このことを鑑みると、直訳としては「同性愛恐怖」、「トランス恐怖」が正確であるが、ネガティブ感情の内容からすれば「同性愛嫌悪」、「トランス嫌悪」という訳語は妥当だと思われる。

 ここにあげた、disgust、aversion、phobiaは明確に分類できるものでもなく、相互に影響を与えうるものではあるが、本稿では論旨を少しでも明確にするために、基本的にはdisgustの嫌悪について論じていくことにする。

 

中略

 

 

最後に

性転換症、性同一性障害トランスジェンダーに対する嫌悪について検討した。嫌悪は単純な一つの理由によるものでなく、ロジンの言う「中核嫌悪」、「動物性嫌悪」、「社会道徳性嫌悪」、「対人嫌悪」が複雑に絡み合い、形成されていると考えられた。また時代や社会の変化により、嫌悪の在り方も変化していくと再認識した。トランスジェンダーへの差別、偏見を軽減していくためには、嫌悪を抱くものの心理的カニズムを解明していくことも今後求められるであろう。

 

 

www.nippyo.co.jp

こころの科学220号/2021年11月号【特別企画】嫌悪 ――ネガティブな感情はなぜ生じるのか

うらやすだより

第171回浦安ジェンダークリニック委員会(9/13)報告
 
 ●個別症例検討:3例
   ホルモン療法開始:  2名 承認
   ホルモン療法継続:  0名 承認
   ホルモン療法再開:  0名  承認
   乳房切除術   :  2名 承認(行徳、山梨)
   性別適合手術  :  1名 承認(行徳)
   第二次性徴抑制療法: 0名
     ( FTM 3名、 MTF 0名 )
   
   以上、3名が承認されました。

うらやすだより

第170回浦安ジェンダークリニック委員会(8/23)報告
 
 ●個別症例検討:1例
   ホルモン療法開始:  1名 承認
   ホルモン療法継続:  0名 承認
   ホルモン療法再開:  0名  承認
   乳房切除術   :  1名 承認(山梨大学
   性別適合手術  :  0名 承認
   第二次性徴抑制療法: 0名
     ( FTM 1名、 MTF 0名 )
   
   以上、1名が承認されました。
 
 
 
よろしくお願いします

うらやすだより

第169回浦安ジェンダークリニック委員会(7/12)報告

 

 ●個別症例検討:4例

   ホルモン療法開始:  2名 承認

   ホルモン療法継続:  1名 承認

   ホルモン療法再開:  0名  承認

   乳房切除術   :  2名 承認(行徳、山梨大学

   性別適合手術  :  1名 承認(行徳)

   第二次性徴抑制療法: 0名

     ( FTM 3名、 MTF 1名 )

   

   以上、4名が承認されました。

国連のトランスジェンダーの定義。クロスドレッサーの誤読に注意。

 原稿を書いた後も、「オートガイネフィリアが含まれるという言説はどこから生まれるのか」というのが謎だったので、ずっと考えていた。ちょっと謎が解けた気がするので、解説したい。

 

まずは、よく引用される、国連のトランスジェンダーの定義。

www.unfe.org

>Transgender (sometimes shortened to “trans”) is an umbrella term used to describe a wide range of identities whose appearance and characteristics are perceived as gender atypical —including transsexual people, cross-dressers (sometimes referred to as “transvestites”), and people who identify as third gender. 

トランスジェンダー(「トランス」と略されることもある)は、性転換者、クロスドレッサー(「トランスヴェスタイト」と呼ばれることもある)、第三の性としてアイデンティティのある人々など、その外観と特徴が非定型の性別として認識される、広範囲のアイデンティティを表すために使用されるアンブラタームだ。

 

 

これだと、ちょっとわかりにくいが、ジェンダーアイデンティティの記述を読むと分かりやすい。

>Gender identity reflects a deeply felt and experienced sense of one’s own gender. Everyone has a gender identity, which is part of their overall identity. A person’s gender identity is typically aligned with the sex assigned to them at birth. Transgender (sometimes shortened to “trans”) is an umbrella term used to describe people with a wide range of identities – including transsexual people, cross-dressers (sometimes referred to as “transvestites”), people who identify as third gender, and others whose appearance and characteristics are seen as gender atypical and whose sense of their own gender is different to the sex that they were assigned at birth. 

性同一性は、自分自身の性別についての深い実感と経験した感覚を反映する。誰もが性同一性を持っており、それは全体的なアイデンティティの一部だ。人の性同一性は通常、出生時に割り当てられた性別と一致する。トランスジェンダー(「トランス」と略されることもある)は、性転換者、クロスドレッサー(「トランスヴェスタイト」と呼ばれることもある)、第三の性としてアイデンティティのある人々、外見と特徴が非定型の性別として見られ、彼ら自身の性別の感覚は彼らが出生時に割り当てられた性別とは異なる人々を含む、広範囲のアイデンティティを持つ人々を表すために使用されるアンブラタームだ。

 

 

要するに国連のトランスジェンダーの定義は、非定型的なジェンダーアイデンティティを持ついろんな人、ということだ。

 

ここで、クロスドレッサーは文脈からしても「非定型的なジェンダーアイデンティティを持ち、異性装をする人」という意味だろう。

 

私自身クロスドレッサーcrossdresserは文献等で「精神医学的用語のtransvestiteに対して、脱病理化の主張を込めて、異性装者をそう呼ぶようになった」という理解だった。

だから、国連の定義も、さっと、何も引っかかることなく読んでいた。

 

だが、あらためてcrossdresserを検索してみて驚いた。特に2ページ目からは、謎のエロページ誘導サイトがずらっとならぶ。つまりcrossdresserはポルノ英語というか、性的行為を強く連想させる使用例が多い。

 

だとすれば、そういう英語に慣れ親しんでいると、国連のトランスジェンダー定義を読んで「クロスドレッサー」という用語が含まれていると、誤読し、autogynephiliaと近似の意味で理解しうるということもおこるのだろう。

 

ただ、やはりそれは誤読であり、ここでのクロスドレッサーcrossdresserは「非定型的なジェンダーアイデンティティを持ち、異性装をする人」という意味だろう。

うらやすだより

第168回浦安ジェンダークリニック委員会(6/14)報告

 

 ●個別症例検討:3例

   ホルモン療法開始:  2名 承認

   ホルモン療法継続:  0名 承認

   ホルモン療法再開:  0名  承認

   乳房切除術   :  1名 承認(山梨大学

   性別適合手術  :  0名 承認

   第二次性徴抑制療法: 1名

     ( FTM 2名、 MTF 1名 )

   

   以上、3名が承認されました。