訳者の西尾によれば、本書の著者ポール=ロラン・アスン氏はもともと哲学畑の研究者で、のちに精神分析家になったという。アスン氏はパリ第七大学の精神分析学部教授であり、訳者の西尾が同大学に留学したときの指導教官であった。
哲学、精神分析という学問的背景をもつアスン氏によるこの著書はフェティシズム概念を、民族学、哲学、性科学、精神分析という広範な思想史を追うことで明らかにしている。
フェティシズムはまず、18世紀、ド・ブロスにより民族学的概念として誕生する。すなわちアフリカの黒人などに見られる、呪物(フェティッシュ)への信仰として「フェティシズム」という言葉が命名される。
フェティシズムはついで、哲学的概念として用いられる。たとえばカントは、信仰における聖職制をフェティシズムであると、あるいはカール・マルクスは資本主義における商品はフェティシズム的であるとする。すなわち、未開の民族に見られる呪物崇拝だけでなく、西洋社会においても、違う形でフェティシズムがひそんでいることが指摘されるようになる。
20世紀にはいると、フェティシズムは性科学的用語として用いられ始める。知能検査で知られるビネによりまず用いられ、クラフト・エビング、ハブロック・エリス、イヴァン・ブロッホらの性科学者が続く。
そして、フロイトの登場によりフェティシズムは精神分析学的に解き明かされることになる。フロイトによるフェティシズム理解は3段階に分かれる。第一段階は「倒錯」として、第二段階は「ファリックな象徴」として、第三段階は「自我の分裂」として、フェティシズムは理解された。このフロイト理論により、「去勢不安」すなわち未開人の「恐怖」が読み解かれ、フェティシズムは性科学から、再び民族学へと回帰することになる。
このように本書はフェティシズムを広範な思想史から読み解き、その概念に迫る良書である。一読をすすめたい。
- 作者: ポール=ロラン・アスン,西尾彰泰,守谷てるみ
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2008/12/11
- メディア: 新書
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