ドキュメント 両性の間で 「私は男」打ち明けたい

読売新聞九州版2005.5.25.


ドキュメント 両性の間で <2>「私は男」打ち明けたい


2003年7月、福岡県立若松商業高校(北九州市若松区)の保健室。ほかの生徒が来ない授業中を見計らってドアがノックされた。

 時谷千恵子養護教諭(61)は、見慣れた2年の女子生徒が入って来るのを見た。生徒はイスに腰掛けるととんでもないことを口にした。「先生。実は私、男なんです」

 男性名に改名し、今年4月、北九州市内の美容室に就職、美容師アシスタントを務める高橋圭介(19)(仮名)だった。現在、専門医に性同一性障害GID)と認定され、男性化を進めるホルモン療法を受けている。

 幼少のころから心が男性と認識して悩んできた。両親にも話せなかった心と体の違和感を時谷に打ち明け、「女子の制服が嫌なため、毎朝、着用に時間がかかり、遅刻を繰り返している。男子の学生服で通学したい」と訴えた。

 時谷は当初、高橋の障害を担任や校長にすら黙っていた。高橋はその後も頻繁に保健室を訪れた。しばらくして、本人が「男として生きるため、全校生徒に話して理解を求めたい」と、カミングアウト(告白)を強く希望し出したため、時谷は動き始めた。

 教職員に説明し、GIDを学ぶ職員研修会を開催。対応を検討するため学年主任らと対策小委員会も設立した。高橋の家族を交えての話し合いも重ね、専門医と連携をして環境を整えた。

 そして03年11月。高橋は体育館で、濃紺のブレザーに青色ネクタイの男子学生服を着て登壇し、全校生徒約720人を前に何度も書き直して完成させた「宣言文」を読み上げた。

 生理を迎えた時のショックなど誰にも相談できない苦悩、男子生徒として通学したいことを素直に表現。生徒、教職員たちから大きな拍手を浴びた。以後、「男として何の問題もなく通学できた」。


◆理解通じ社会に巣立つ


カミングアウトで新たな世界が開けたGIDの当事者は多い。東京都世田谷区議の上川あや(37)もその一人。体は男性でありながら女性として生活を送り、「黙っていれば男と気づかれなかった」。

 外見と性別が異なるため、トラブルを恐れて役所や病院、選挙の投票にも行けない、就職もできない人たちを上川は知っていた。「当事者の人権回復を図ろう」と、03年4月の同区議選に女性として立候補。「自分は男性だが、女性として生きている」ことをマスコミを通じて公にした。

 好奇の目にさらされたが、生き方に共感が広がり、当選できた。「当事者が政治の場に出ることで社会は変わる」。そう期待し、社会的弱者の救済や、差別のない社会を目指して奮闘している。

 まだ、GIDの受容度は高くはない。上川すら「当事者にはいろんな生き方がある」と、やみくもなカミングアウトは勧めない。

 高橋は自分の場合、「正解だった」と時谷に感謝している。勇気を振り絞ったからこそ、男性として堂々と社会に巣立てたのだ。

 しかし――。

 「ねえ、あんた。男に化けてるけど女でしょ」。高橋も時々、女性客から奇異のまなざしを向けられる。一々説明するのも疲れる。「いえ、男っすよ」と、おどけてみせるが、「じゃ、脱いでみなさい」。「お客さん、ここはそんな店じゃないですよ」と言ってかわす余裕を身につけた。

 偏見ゆえに、GID当事者がうつ病を患ったり、自殺に追い込まれたりするケースも多い。何気ない一言やまなざしが、当事者を傷つける。

 「おれ、平気です。だって男だから」と、高橋は笑って見せた。(文中敬称略)

http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/document/006/do_006_050526.htm