ドキュメント 両性の間で手術求め海外へも


2005.6.29.読売新聞


ドキュメント 両性の間で<7>手術求め海外へも


◆お寒い日本の医療体制
 役所や病院の受付、空港の出入国検査場、投票所――。様々な接点で戸籍上の性別を知った相手から、いぶかしげな目を向けられる。大分市在住の調理師・井澤隆(26)(通称名)は、この瞬間が不愉快でならない。「どうしていちいち説明しなくてはならないのか」
 井澤は性同一性障害GID)に悩むFTM(心が男で体が女の人)だ。日常は男性として生活し、30歳を目標に、いずれは性別適合手術で体も男性になるつもりでいる。そうすれば戸籍上の性別変更が認められ、「周囲の反応も変わる」と期待する。
 井澤の感じる不快感は、GID当事者のほとんどが体験している。性別が表に出ることを嫌がって、投票に行かなかったり、就職せず、引きこもりになったり、がんにかかりながらも治療を受けずに命を落としたケースまであるという。
 「せめて住民票やパスポート、健康保険証で、性別変更ができるようになれば、事態は改善するのに」と当事者擁護のための研究を続ける神戸学院大学法科大学院教授の大島俊之(57)は言うが、行政文書間で同一人物の性別が異なることに抵抗感が強い。
 当事者が望む性で生きるためには、戸籍を変更しなければならないシステムが出来上がっているとも言える。その前提の治療・手術を担う医療体制は、お寒い状況だ。
 「医療機関の情報を一元管理しているところが、どこにもないのです」と、福岡市内のレストランに男性社員として勤務する元FTMの杉野真(25)(通称名)が嘆く。
 杉野は19歳の時、日本精神神経学会ガイドラインに基づく治療を開始。昨年2月、岡山大(岡山市)で手術を受け、同10月に戸籍変更した。
 性別適合手術を公式に実施しているのは、ほかに埼玉医大(埼玉県川越市)など数か所だけ。地方都市の多くでは、治療から手術までの医療ルートが確立していない。杉野の場合は自分であちこちの医療機関に電話で問い合わせるしかなかった。
 現在では自助グループができ、当事者間でわずかながらも情報を共有できるようにはなった。
 しかし、GID治療にあたる医療機関の圧倒的少なさには変わりない。九州・沖縄、山口では、他県にまで足を延ばす人も目立ち、不満をうっ積させている。
 こうした状況から、手術のために海外へ飛ぶ当事者が後を絶たない。国内での手術代は数十万〜数百万円。海外の方が安いことが多く、性別適合手術で先進国とされるタイは日本の3分の1で済むこともあるという。
 福岡市内でスナックを経営する安徳真一(38)は「軽子(けいこ)」を通称名とするMTF(心が女で体が男の人)。週に一度、市内の体育館で行われる社会人バレーで、多くの男性選手に交じって汗を流す。バレーボール歴は20年。会社員時代の20歳代前半には実業団バレーで活躍したこともある。
 7月上旬、タイの病院で性別適合手術を受ける。「日本の医師の執刀経験はせいぜい数年。手術歴は外国の医師の方が長く、信頼できる」ということが、国外での手術を決めた理由だ。
 当事者は社会での位置づけがあいまいなまま、偏見にも翻弄(ほんろう)されている。
 こうした人たちと共に「普通に暮らしていける社会」の実現が、待ったなしで求められている。(文中敬称略)

http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/document/006/do_006_050630.htm