弁財天があるからこそ江の島は男性器の象徴ではあるまいか。

順子様から
江ノ島は東国における弁財天信仰の中心地で、

とコメントをいただき、考えた。
弁財天と言えば、不忍池井の頭公園にいったことがある。
どちらも弁財天は、池の中に浮かぶ島にあった。
いったことはないが、琵琶湖の竹生島にもあるらしい。


どれも、水の中の島にある。
意味があるのだろう、と調べた。
wikiによれば弁財天はヒンズー教の女神、サラスヴァティーに由来があるらしい。
この女神はさらに、水の神であるらしい。
であれば、弁財天が海や池にあるのは当然。


海や池の中に弁財天をまつるわけにいかないので、陸地の島にまつるのだろう。


ただ不思議なのは、海辺や湖畔にまつってもよいのに、そうではなく、水の中の島にまつる点である。これはやはり島を男性器とみなしているからだと考えると説明がつく。
すなわち、ただの湖や海ではだめで、その中に島という陰茎があって、はじめ
てその周囲の水が女性器として認識されるのではないか。


つまり結論としては、江の島に弁財天があるということは、江の島そのものではなく、その周囲の湘南の海が女性器としてみなされていたということになり、逆説的に江の島が男性器とみなされた証拠になるのではあるまいか。