死なせない:自殺防止最前線/4止 性的マイノリティー自ら活動

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死なせない:自殺防止最前線/4止 性的マイノリティー自ら活動
毎日新聞 2012年10月12日 東京朝刊

 ◇「無理解や偏見」対策大綱に 教員の理解促進も特記
 「僕なんて、別にどうなったっていい」

 悩み相談のフリーダイヤルにかけてきた相手の口調は、不真面目で投げやりだった。電話を受けた獣医師の遠藤まめたさん(25)=活動名=は「危ない」と直感した。

 遠藤さんは、生まれながらの性とは反対の男性として生きることを望み、学生時代から性的マイノリティーの支援活動に携わってきた。その経験から感じるのは、性的マイノリティーの人々はいじめなどを恐れ、自分らしさを抑えつけて成長するため「自己肯定感が低く、命を軽くとらえてしまう」こと。「自殺の危険がある人ほど、淡々としていることが多い」という。

 遠藤さん自身、これまでに身近な仲間を4人も自殺で亡くした。メールなどで相談してくる人も、大半がリストカットや過量服薬をしている。

 「性的マイノリティーはなぜ、こんなにも死が近くに存在するのか。悲しいし、あってはならないことだ」

 10年秋、性的マイノリティーの自殺防止に取り組む民間グループ「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を設立し、共同代表を務める遠藤さんは、仲間とともに、政治家や中央官庁の自殺対策担当者らに直接働きかけてきた。時には「好きでそういう生き方をしているんじゃないか」という無理解な言葉も浴びた。それでも、誤解や偏見にさらされ、社会の中で孤立する実情を、精いっぱい訴えてきた。

 努力が報われ、今回の自殺総合対策大綱改定では、性的マイノリティーについて「自殺念慮の割合が高い」「背景には無理解や偏見がある」という記述が初めて入った。「社会的にかなり認知されてきた性同一性障害に限定せず、同性愛や両性愛も含めて性に関する生きづらさに幅広く焦点を当てた意義は大きい」と、遠藤さんは語る。
大綱改定を機に「いのちリスペクト。」は地方自治体や関係団体の協力を得て、性的マイノリティーへの理解を深めてもらうための「出前授業」や、パネル展の開催に力を入れる。

 遠藤さんは6日、ともに共同代表を務める会社員の明智カイトさん(35)=同=と2人で、東京都内で開かれた自死遺族などでつくるNPO主催の勉強会に招かれ、参加者を前に講演した。

 明智さんは、中学時代に「ホモ」「オカマ」といじめられたフラッシュバックや家族との確執から、19歳の時に自殺を図った経験を持つ。講演で、明智さんはこう力説した。

 「幸運にも命を落とさず、同性愛を否定していた親がやっと『とにかく死なないで』と言ってくれた。立ち直れたのは『無条件で生きていいんだ』と思えたから。絶望している若者にも、そのことを伝えたい」

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 「大丈夫! 独りぼっちじゃないよ」

 若い性的マイノリティーに向けた動画メッセージが見られるサイト「ハートをつなごう学校」(http://heartschool.jp/)が、9月にスタートした。

 企画・運営しているのは、同性愛者であることをカミングアウト(公表)して選挙に出た東京都豊島区議の石川大我さん(38)と、性同一性障害で、現在は男性として生きるフェンシング元女子日本代表の杉山文野さん(31)らだ。

 手本にしたのは、性的な理由でのいじめや自殺が相次いだのをきっかけに、10年に米国で始まった動画サイト「イット・ゲッツ・ベター・プロジェクト」。10代を生き抜いた性的マイノリティーの当事者らが、プロジェクト名の通り「悪いことはいつまでも続かない。状況は良くなるよ」とやさしく語りかける内容だ。オバマ大統領やメジャーリーガーらもメッセージを寄せる広がりを見せている。
ハートをつなごう学校」にも、リリー・フランキーさんや山田邦子さんら、著名人からのメッセージが集まっている。元陸上選手の為末大さんは「分かってくれる人はきっとどこかにいる」。作家の石田衣良さんは「あなたのために新しい時代が用意されている。あきらめずに、今を耐えて生き延びてください」と語りかける。

 新しい自殺総合対策大綱には、性的マイノリティーに関する教員の理解を促進する必要性も特記された。石川さんは「当事者はクラスに1人はきっといるはずなのに、いないことにされている。ぜひ学校でも、みんなでこのサイトを見てほしい」と期待している。

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 「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現」。改定された自殺総合対策大綱にうたわれた目標だ。だが、大綱に盛り込まれたさまざまな施策は、あくまで自殺を防ぐ「道筋」に過ぎない。かけがえのない命を支え、救えるかどうかは、社会を構成する私たち一人一人の意志にかかっている。=おわり(丹野恒一、奥山智己、山寺香が担当しました)

 ◇相談窓口利用を
 あらゆる悩みや苦しみを24時間、無料で受け止める電話相談「よりそいホットライン」(電話0120・279・338)は11日、3月の開設から7カ月を迎えた。音声ガイダンスに従い、悩みの種類ごとの相談員につながるのが特徴。性的マイノリティー専用窓口もある。これまでに約22万件の相談を受けた。

 自殺予防に向けた電話相談の老舗「いのちの電話」は、毎月10日の午前8時から24時間、フリーダイヤル(0120・738・556)を開設。ウェブサイト(http://www.find-j.jp/zenkoku.html)でも、各地の「いのちの電話」の番号を掲載している。
政府の自殺予防対策を支援するため国立精神・神経医療研究センター内に設置された「自殺予防総合対策センター」は公式サイトで、都道府県や政令指定都市ごとのきめ細かな相談先リスト(http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/ikirusasaeru/index.html)を公開している。

 「生きづらさ」を感じた時は、こうした相談窓口を積極的に活用してほしい。