「おネエ」だけじゃない、性的マイノリティとの共生を――企業におけるLGBT対応

東洋経済
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「おネエ」だけじゃない、性的マイノリティとの共生を――企業におけるLGBT対応(1) - 12/05/09 | 00:00


30年近く前の学生時代、筆者はある友人に打ち明けられた。

 「中学生ぐらいから学生服を着ることに違和感があった。水泳の時間はとても苦痛でよく休んだ。違和感は高校、大学と強くなっている……」。われわれはただ聞くしかなかった。親には相談しているようだったが、自分の性に問題があるのではと悩んでいるように見えた。数カ月後、キャンパスから姿が消えた。

 「彼」がいわゆる性同一性障害だったかはわからない。そもそも当時はその名称すら一般的でなかった。日本で性同一性障害が認知されたのは1996年と比較的最近のこと。埼玉医科大が体の性を心に合わせる性別適合手術を正当な医療行為と認め、マスコミが大きく取り上げた。

 その後、社会的認知の広がりの中で2004年に性同一性障害特例法が施行される。これにより条件を満たせば戸籍上の性別変更ができるようになった。また、結婚も可能だ。たとえば、女性から男性に性別変更した場合は女性と結婚できる。司法統計によれば、性別変更の認容件数は05年の229件から10年には527件と2倍以上に増えている。

 「96年までは存在自体が否定される闇の時代だった。特例法によって大きく前進したが、まだ改正の余地もある。法整備だけでなく、社会的理解を高めるために教育や行政にも強く働きかけていきたい」と、性同一性障害を公表のうえ、世田谷区議会議員となった上川あや氏は語る。
自殺考えた人が6割強

 性的マイノリティは性同一性障害だけではない。一般にLGBTとされるが、これはレズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B、両性愛者)、トランスジェンダー性同一性障害など、T)の略称だ。確かな統計はないが、複数の推計では日本で全体の3〜5%がLGBTであるともいわれる。

 「法的整備などではTが先行するが、LGBはTの100倍はいるはず。これからはLGBへの社会的対応が必要」とも上川氏は指摘する。

 なお、性同一性障害と同性愛は混同されがちだが、次元が異なる概念だ。性同一性障害は出生時の生物学的性に違和感を持ち、それとは逆の性でありたいと望むのに対し、多くの同性愛者は自分の性別に違和感はない。また、同性愛者は性的指向によるが、性同一性障害は生物学的性別と自分が認識する性(性自認)との関係性での問題であり、性的指向とは関係がない(ただし定義・概念についてはさまざまな説がある)。

 性的マイノリティの人々は一般に社会からの孤立感が強い。上川氏によれば、これらの人の6割強は自殺を考えたことがあり、4分の3の人が社会的違和感を抱き、アイデンティティが持てないという。不登校などにも性的マイノリティがかかわるケースが多い、との報告もある。

 東京弁護士会は3月、「『セクシュアル・マイノリティ』はTVの中だけか?」と題するシンポジウムを行った(写真)。この中で、性的マイノリティの人々がアイデンティティを持って自分らしく生きていくためには、法的整備とともに、教育や社会的認知が不可欠であると訴えた。
 レズビアンバイセクシュアル女性のための団体LOUDは、中学校の社会科見学を受け入れたことがある。代表の大江千束氏は「生徒たちはテレビのおネエキャラなどを期待したようだが、『なんだ、普通のおばさんなんだ』といった反応。かえって打ち解けることができた」という。

 このような事例は極めてまれだと思われるが、性教育としてとらえた場合、現状学習指導要領などには性の多様化などの項目はない。しかし、生徒の中にも性的マイノリティはいるわけで、学校内での差別やいじめもある。性の多様性は教育界が真剣に取り組むべきテーマだ。

 さらに、性的マイノリティだからといって社会的な制約が出てくることは、人権問題としてとらえるべきだろう。東京弁護士会のシンポでも、性別変更後結婚した男性の妻が第三者精子提供を受け人工授精で生まれた子を国が嫡出子と認めない、などの事例が紹介された。弁護士の山下敏雅氏は「人権とともに、家族とは何かが問われる問題だ」と主張する。

 国連人権高等弁務官事務所は昨年12月、LGBTに対する人権侵害について初の報告書を公表した。これによると、同性愛行為は76カ国で犯罪となり、イラン、サウジアラビアなどでは死刑の対象とされる。

 一方オランダなど欧州では、同性同士の結婚、同性婚を認める国もある。米国では今年2月、オバマ大統領が結婚を男女に限った連邦法について憲法違反との判断を示した(六つの州は同性婚を認めている)。

 企業社会においても、性的マイノリティはこれまでタブー視されてきた。東京弁護士会によれば、性的マイノリティが職場でいじめや不当な解雇に遭った事例が少なくないという。「性別を偽って入社したが、いつかばれて解雇されるのでは」と不安を持つ人もいる。多くは無理解と偏見によるものだ。
欧米では訴訟にも

 その中で、ここ数年LGBT問題をダイバーシティ施策(社員の多様性とその活用)の一貫ととらえ、積極的に取り組む企業も出てきた。ただ現状では一部の外資系企業やグローバルな金融機関に限られる。またデリケートな問題であるがゆえ、単に企業が相談窓口を作れば解決するというものではない、との指摘もある。

 しかし、これからの企業、特にグローバル企業に求められるものは人材の多様性だ。経営者から従業員まで、多様な人材を擁することが企業の先を的確に見据えることにつながる。その多様性には人種、国籍、性別、障害の有無のほかに、LGBTなど性的マイノリティも含まれる。

 日本でLGBTに早くから取り組んでいる日本IBMは「当社にはカミングアウトしているエグゼクティブもいる。LGBT対応は04年より始めている。当初は表立ったことはしなかったが、社内から『LGBTに特別なことをしてくれる必要はないが、LGBTにオープンな会社だと宣言してほしい』との意見が出て、08年から会社の取り組む姿勢を社内外に公表した」(ダイバーシティ&人事広報部)という。

 職場で「自分らしく、引け目を感じず働きたい」というのは万人の願いだ。それに対する壁は取り払わなければならない。まして社内での偏見や差別は企業にとっても信用失墜や企業価値低下につながる。欧米では対応が不十分なために訴訟になったケースもある。社員の多様性を尊重するとともに、共生することが持続可能な企業社会の基盤をつくる。

(シニアライター:野津 滋 =週刊東洋経済2012年4月28日・5月5日合併特大号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。