安易な手術 性転換後は戻れず

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安易な手術 性転換後は戻れず
産経新聞 2月20日(日)17時50分配信

【ボーダー その線を越える時】第2部 性(2)

 平成22年1月、男性から女性になる性別適合(性転換)手術のためタイに出国した関東地方の飲食店従業員、中野由佳(29)=仮名=に不安はなかった。

 性同一性障害と診断されてから約1年。全身麻酔による手術は約6時間に及んだ。目覚めて傷口の熱を感じたとき、「長い道のりが終わった」と安堵(あんど)した。

 患者の多くがタイに飛んでいる。タイでの手術をコーディネートする会社は複数あり、うち「アクアビューティ」(大阪市)は15年から22年2月まで約750件の手術を実現させた。

 背景にタイの手術件数の多さや技術の高さに加え、日本では手術までに時間がかかることが挙げられる。日本では性別を変える治療を慎重に行うためのガイドラインがあり、基準を満たして手術を行える医療機関は少ない。手術の順番待ちも長く、初診から手術まで平均3〜4年かかる。

 中野は手術までの手順をガイドラインに従った。「手術で幸せになるとはかぎらない。外見や人間関係で不幸になる人もいる。ガイドラインは当事者が後悔しないために作られているから、従うべきだと思う」

 ■治療は慎重に診断してから

 性同一性障害の治療の中でも、特に生殖機能を失い、性の境界を越える性転換手術の実施は、不可逆であるだけに慎重さが求められる。

 「胸がふくらんできたら違和感があって…。ホルモン剤、やめようと思う」

 数年前、岡山大学病院ジェンダークリニックの医師、中塚幹也(49)を訪ねてきた20代の男性は、困惑していた。男性は診断を待てず、インターネットで購入した女性ホルモン剤を服用していたのだ。

 性同一性障害は、同性愛や女装といった趣味の範疇(はんちゅう)と誤解されがちだ。中塚はいう。「性同一性障害は自分が男か女かという性自認が身体の性別と違うこと。性自認が揺らぐ人もおり、慎重に診断してから治療を始めなくてはいけない」

 ナグモクリニック名古屋院(名古屋市)を訪れた30代の男性は、性同一性障害の診断を得ていないが、「睾丸だけでも取って」と訴えた。同様の患者は毎日のように訪れるという。

 院長の山口悟(40)は「生殖機能が永遠に絶たれるということをよく考えて」と男性を諭した。

 だが、ネット上では「効果的に女性化」などと睾丸摘出手術の広告の文句が躍る。山口は「ガイドラインを無視した手術が横行している」と憂えている。

 ■『金八を見た』ドラマの影響大きく

 埼玉医科大は10年に、国内で初めてガイドラインを順守した正当な医療として性転換手術を実施。大阪府立大准教授(ジェンダー研究)の東(ひがし)優子(44)はこの時期を転換期と位置づける。「性同一性障害は遠い世界の出来事だったが、医療問題として報道されることにより、『身近な存在で差別をしてはいけない』という認識が広まった」

 13年にはテレビドラマ「3年B組金八先生」で性同一性障害の女子生徒が登場。モデルとなったライターの虎井まさ衛(47)は「ドラマの力は大きい。10年たつのに『金八を見た』といわれる」と驚く。

 15年には戸籍の性別変更を認める性同一性障害特例法が成立。議員の説得に奔走したGID性同一性障害)学会顧問で弁護士の大島俊之(63)は「国のお墨付きを得た意義は大きい」と振り返る。

 東はこんな見方を示す。「反対の性別を望む主張が、既存の『男らしさ』『女らしさ』の概念と衝突しないと受け止められ拒絶されなかった。性差があいまいになることへの社会の嫌悪は強い」=敬称略

【用語解説】診断と治療のガイドライン

 日本精神神経学会が作った性同一性障害の診断・治療指針。医療機関側に順守の義務はないが、患者の後悔を防ぎ、スムーズな社会適応を促すために従うことが望ましいとされる。(1)2人の精神科医により診断を確定(2)精神科の治療を経ても性別違和感が続いた場合に身体的治療に移行(3)ホルモン治療は18歳以上、性別適合(性転換)手術は20歳以上が対象(4)医療機関は同手術の実施について医師や法曹関係者らで構成する判定会議で慎重に検討すること−などを求めている。

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