境界を生きる:子どもの性同一性障害/4 自分を責め、悩む親

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境界を生きる:子どもの性同一性障害/4 自分を責め、悩む親
 ◇我が子と世間の板挟み 覚悟決め、前向きに
 <あなたは仲間がいるけれど、私は誰にも話せない>

 二ノ宮悠生(ゆうき)さん(29)は、母がくれた手紙にあった言葉が忘れられない。届いたのは地方都市から上京し、同じ性同一性障害GID)の友人が増え始めたころだった。

 女性の体で生まれた自分の心が男性であると打ち明けた時、母は「どうしてもそうだというなら、あなたを殺して私も死ぬ」と苦しんだ。今では当事者グループのスタッフとして活躍する二ノ宮さんだが、ホルモン療法も手術もするつもりはない。これ以上の心配をかけたくないからだ。

 我が子が性別への嫌悪感に苦しんでいると知った時、親も深い悩みを抱え込む。子どもを守りたいがすぐには受け入れられず、周囲の目も怖い。自分を責める日々が始まる。

 首都圏に住む麻沙さん(21)=仮名=の母(64)もそんな一人だ。中学で不登校になった麻沙さんは第2次性徴で低くなった声への嫌悪感で言葉さえ失ったが、専門医の受診を機に7年間の引きこもりから脱出した。我が子がぽつりぽつりと語りだした記憶に、母はショックを受けた。

 「5歳の時に女の子の格好をしたら、お母さんに『体が違うんだからやめてよ』と拒絶された」「男子の制服に耐えられず、ずっと我慢してたけれどやっぱり女だと泣いて訴えても、『また始まった』と相手にしてくれなかった」

 母にはどれも覚えがあった。「私の何気ない言動がそんなにも子どもを苦しめていたなんて」。父(66)は「ずっと仕事優先で、子どもの悩みに正面から向き合ってこなかった」と唇をかんだ。

   *

 鹿児島市内の温水プール。ガラス越しに子どもたちの泳ぎを見ていた直子さん(41)は、小学5年生だったまりあさん(14)が海水パンツ一枚になっているのに気付き、はっとした。一緒に着せていた女児用水着は脱ぎ捨てられていた。

 まりあさんは幼稚園のころからスカートを嫌い、2人の姉と違って女の子向けのアニメにも興味を示さなかった。直子さんは「もしかして」と感じつつも「隠さなければ、ここでは暮らせない」と不安でならなかった。

 中学生になって間もない昨年6月。好きな子ができたというまりあさんが口にしたのは、女の子の名前だった。「セーラー服を着て、自分と同じおっぱいが付いている。気が狂いそう」と訴える我が子と一緒に泣いた。でも「お母さんも女の人を好きになったことがあるんだ」と聞かれると、とっさに「あるわけないじゃない」と返してしまった。

 まりあさんの笑みが消えた。その瞬間、直子さんは我が子が遠くに行ってしまったように感じた。「この子を理解しないと、いつか親子でいられなくなってしまう」

 夫の雄一さん(44)と一緒に、学校にセーラー服から学ランへの変更を願い出た。校長は他の生徒が動揺するのを恐れ、難色を示すばかり。雄一さんが声を荒らげた。「西郷隆盛大久保利通も、前例がないところで日本を変えた。同じ薩摩なのに、前例がないと何もでけんとか!」

 直子さんはインターネットで他県の中学生が制服を変更したことを知り、学校に伝えた。校長もやっと前向きな姿勢になった。まりあさんは今年2月にGIDの診断が確定し、4月から学ランでの登校が認められた。

 幼なじみの女子は「制服が変わっても、関係は変わらない」と言ってくれる。最近は男子の友達も増えた。

 大人になっても、男性に仲間として認めてもらえるのか。恋愛や結婚はかなうのか。不安は尽きない。

 「この子を独りにはしない」。両親はGIDの子どもや親たちがつながれるよう、グループ作りの準備を始めた。

   *

 学校での性別変更が昨秋認められた埼玉県の児童の母(47)は、報道後の世間の受け止め方を知りたくてインターネット上のコメントを探した。7割は好意的だが、心ない意見も目にとまる。「周りには不快に思う人もいる。親は何を考えているんだ」。心が折れそうになった。

 子どもはいま小学3年生。毎朝スカートをはき、楽しそうに学校に向かう。「どうして女の子に産んであげられなかったのか」と自分を責め続けたが、ようやく思えるようになった。「生きていてくれれば、それでいい」【丹野恒一、五味香織】=つづく

 ◇各地で家族会や交流会
 GIDへの理解を広める団体が徐々に増えてきた。本人、家族が参加し、悩みや体験を共有できる交流会も開かれている。

NPO法人GIDmedia」(http://gidmedia.org/) 東京・高田馬場を拠点に毎月、10〜20代を中心にした交流会を開催。

▽「ESTO」(http://akita.cool.ne.jp/esto/) 秋田県に事務局を置く。東京都内と仙台市内で年数回ずつ親子交流会を開催。

▽「性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会」(http://www.gid.jp/) 全国に支部がある。今年から家族交流会を年3回のペースで開く予定。

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毎日新聞 2010年6月16日 東京朝刊