性同一性障害 治療3段階、フォロー重要

2007.10.28.読売

性同一性障害 治療3段階、フォロー重要

 「体の性」と、本人の自覚する「心の性」が違うことで苦しむのが「性同一性障害」だ。そこで、身体のほうを変える性別適合手術が、岡山大病院などで行われている。いきなり手術するわけではなく、精神科の診察と助言、ホルモン治療など、段階を踏んで進められる。(阿利明美
 ■胎児期に決まる心の性
 米国のデータでは、「体は男性で心が女性」の人が3万人前後に1人、「体は女性で心が男性」の人が10〜15万人に1人とされている。
 前者では、幼少期から女の子の服装をしたいと思い、成長につれ、陰茎などの存在が我慢できず苦しむ人が多い。
 後者では、幼少期からスカートや人形に興味を示さず、月経や胸のふくらみなど体の変化を嫌悪することが多い。
 こうした意識は、親の育て方でも、思春期に性ホルモンの分泌が増えても、変わらないことがわかってきた。
 同性愛とは、別の問題だ。
 脳には性差があり、胎児期に脳が形成される際、男性ホルモンの量などによって「女の脳」「男の脳」に分かれる。これが本人の自覚する性別に関係すると考えられている。であれば、すでに固まっている心の性を、「体に合わせる」のは無理なわけだ。
 ■精神科の段階
 日本精神神経学会は1997年、性同一性障害の診断と治療のガイドライン(指針)を定め、98年に埼玉医大で初めて公式の性別適合手術が行われた。治療は、主に3段階に分かれる。
 最初は精神科を受診する。生活歴などを聞き、自分の性の認識と、体への違和感が続いていることを確かめる。感覚は人それぞれなので、診断は必ずしも簡単ではないが、2人の精神科医の意見が一致すれば、診断が確定する。
 岡山大病院(岡山市)では基本的に半年以上、経過を見てから診断を確定させる。
 精神科神経科助教の松本洋輔さんは「まずは求める性で実生活を経験するよう提案する。徐々に周囲の理解を得て性別適合手術に至れる適応力があるかを見ていく」と説明する。うつ状態などがある時は、その治療を優先する。
 ■ホルモン・乳房切除
 様々な困難に対処できるようなら、性染色体なども確認したうえで、ホルモン療法へ進む。学会指針では18歳以上が条件で、20歳未満は親権者の同意が必要になる。副作用の恐れから、高血圧や糖尿病などの病気がある場合は慎重な検討が必要だ。
 女性ホルモンを投与すると乳房がふくらみ、体には脂肪がたまり、精巣は委縮する。
 男性ホルモンを投与すると月経が止まり、脂肪が減り、体毛が増える。この段階で、乳房の切除を形成外科や美容外科で受ける。
 ■性別適合手術
 希望する性での生活を、少なくとも私的な場では1年以上続けたうえで、本人が強く望み、生活に支障がなければ、性別適合手術へ進む。こちらは20歳以上に限定される。
 女性の体になりたい人の手術は1回。精巣を摘出し、尿道と肛門(こうもん)の間に空間を作る。陰茎の中身を取り出し、残った皮膚を反転させて空間に折り込み、膣(ちつ)を形成する。
 男性の体になりたい人の手術は、出血など体への負担が大きいため、2回に分ける。最初は卵巣と子宮を摘出し、膣を閉鎖する。次の手術は約半年後。腕や腹の皮膚を血管や神経と一緒に切り取り、縫い合わせて陰茎を形成し、延ばしておいた尿道につなぐ。
 手術しても、生殖機能は得られない。また形成した陰茎は勃起(ぼっき)しない。ホルモン療法は骨粗鬆(そしょう)症を防ぐ意味もあり、一生続ける必要がある。
 岡山大形成外科教授の木股敬裕さんは「多くの人が手術に満足するが、社会との調整に悩む人もいる。術後5年、10年といった長期のフォローが大切だ」と話す。
 ■少ない医療機関
 健康保険がきくのは精神科領域と体の検査だけ。その先は自費で、保険外併用医療にもまだ認められていない。ホルモン治療は月5000円前後、手術は女性の体になる場合で百数十万円程度、男性の体になる場合は100万〜数百万円かかる。
 大きな課題は、対応できる医療機関が少ないことだ。岡山大では2001年以降、60人以上の性別適合手術をしたが、待機患者は多く、手術は数年待ちの状態だ。海外で受ける患者も多いが、性器の手術は合併症の起こる率が高く、予後管理の問題もあるので、国内が望ましいという。
 戸籍の性別変更は、2004年に施行された特例法で、性別適合手術の後、家裁の審判で可能になった。結婚している場合や現に子どもがいる場合は認められていない。

 〈性同一性障害の治療を行う主な医療機関
【精神科、形成外科などのチーム体制がある施設】
(◎は性別適合手術まで実施)
◎札幌医大      011・611・2111 初診予約は当面休止中
 埼玉医大総合医療セ 049・228・3400 適合手術再開を検討中
◎ナグモク東京    03・3490・0555 適合手術は10月末開始
 (ナグモクの大阪、福岡はホルモン治療まで)
◎関西医大滝井病院  06・6992・1001 初診予約は数か月待ち
◎岡山大       086・223・7151 適合手術は数年待ち
 福岡大       092・801・1011
 長崎大       095・849・7200 適合手術は検討中
【精神科領域のみ】
あべメンタルク(千葉県浦安市)   047・355・5335
埼玉医大かわごえク(埼玉県川越市) 049・238・8111
岡山県精神科医療セ(岡山市)    086・225・3821
さとうク(岡山市)         086・943・0880
 「セ」はセンター、「ク」はクリニック

 図=性同一性障害の治療