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9.日 記 (2006/08/10)
覚悟と願い母から子へ
五月二十三日。
夕食後、兵庫県播磨地域の小学二年優(ゆう)(7つ)=仮名=は、母と風呂に入った。
「あのな、由(ゆ)紀(き)=仮名=がずっと『不細工』とか、『優くん』とか言うねん」
優は保育園の途中まで男児として暮らし、小学校には入学時から「女児」で通う。カミングアウトはしていない。
「優が男の子って知っているの?」。心配する母に優が答えた。「知らんと思う。保育園違うもん」
優をしつこくたたいてきたといい、「由紀のこと、先生に言うた」。
このころ、母は、育児日記を付け始めていた。毎日、優の様子を記録し、最後に優へのメッセージをつづる。
この日の最後には、こう記した。
「お友達に嫌なことをされて、ちゃんと先生に言えたね。嫌なことは、誰かに聞いてもらうと楽になるんだよ。つらい気持ちが、少し軽くなるんだよ」
◇ ◇
古都に、梅雨の合間の強い日差しが照りつけていた。
七月二十二日。JR京都駅近くの集会所で、「トランスジェンダー(性同一性障害)生徒交流会」が開かれた。
集まったのは、スカート姿で日傘を差した男子や、だぶだぶのストリートファッションに身を包んだ女子ら計五人。高校や専門学校などに通う生徒だが、うち四人は登校拒否の経験があった。
「結婚は戸籍を変えたらできるけれど、好きな女にガキをつくってやられへん。できるようにならへんかな」
夢をテーマに話したとき、男子の心を持つ女子がこう言った。
別の女子が応じた。
「家族を持ちたい。遺伝子というか、自分の血がちょっとでも入った子どもができるようになってほしい」
切ない胸の内を互いに明かした。自然と笑みがこぼれた。
性同一性障害の発症率は、男性で三万人に一人、女性で十万人に一人とされるが、確かな統計はない。国内での患者数でさえ、厚生労働省が調査を始めたばかりだ。何人の子どもが、この障害で苦しんでいるか、誰も知らない。
◇ ◇
優はこの夏、女児用水着を新調した。股(こ)間(かん)の目立たないデザインで、母が隣町まで行って手に入れた。
しかし、この先、何年着られるか分からない。数年後、優は第二次性徴を迎える。
母は、試行錯誤の日々を日記につづる。「いつかこれが優の心に届きますように」。細かい文字がびっしり並ぶ。
七月五日には、こう書いた―。
今、「3年B組金八先生」のビデオを見ている。上戸彩(注・性同一性障害の生徒役)がカミングアウトした。
優もいつか、いつかこんな日が来るんだろうな。
そのときになってみないと分からないが、守る守ると言いながら、私に何ができるのだろう?
この苦しさをすべて受け入れることはできる。でも実際この苦しみは、本人にしか分からないこと。
今、そんなことを言ってもしようがない。
前を向いて歩かないと。
※文中の仮名は敬称略
=おわり=
(霍見真一郎)