特例法施行1年経過も性別変更に壁

2005.7.19.報知
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/news/jul/o20050719_30.htm
特例法施行1年経過も性別変更に壁


 心と体が一致しない性同一性障害を抱える人に、戸籍の性別変更を認める特例法が施行されて今月16日で1年がたった。昨年9月にタレントのカルーセル麻紀さん(62)が、晴れて「女性」となり話題を集めたが、いまだに制限条項などにより、性別を変えることのできない人たちがいる。また性別変更ができたとしても、その後に残る弊害も多い。当事者たちは今、どのように考えているのか話を聞いた。(中村 智弘)
“それなり”の性器必要 費用ばく大、手術にもリスク
 「おちんちんをつけないといけない。ものすごいリスクがあるんです」。日本で唯一の“おなべ(心が男で体が女の人)”によるショークラブ「アポロ」(恵比寿)店長の一文字注太さん(27)は、いまだ戸籍を変えていない。特例法の要件の中には「その身体について他の性別の身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」とある。つまり性別変更は、それなりの性器をつけなければ認められないのだ。

 通常、男性から女性になりたい人が、女性器をつける手術にかかる費用は100万円程度。女性から男性になりたい人が、男性器をつける費用は約1000万円。安くても500〜600万円、台湾などでは300〜400万円くらいが相場だという。仮に手術が成功したとしても、その後、肉片が腐ったり、尿が出なくなったり出っぱなしになるケースがある。

 一文字さんは「今の医療で男性器をつけたいとは思わない。つけている人もいますが、みんな失敗しています。金銭的な問題もある」と話す。特例法に関しては「変な項目を作らないで、その人がどういう生活をしているか、どういう人間なのかを見て判断してほしい」と訴えた。

 昨年7月の特例法施行以降、申請が集中しているとされる東京家裁管内の申し立て件数(6月末時点)は75件、そのうち認容されたのが63件、審理中は8件、取り下げが3件、却下が1件。大阪家裁管内の申し立て件数(6月末時点)は46件、そのうち認容は38件、審理中は6件、取り下げが2件となっている。現在、性同一性障害の人は日本に1万人以上いるとされ、いまだ多くの人が悩みを抱えたままだ。

 都内に住むAさん(33)は今年2月末、男性から女性への戸籍変更が認められた。「これまで結婚する時は養子縁組しか方法はなかったのですが、これで普通に結婚ができます」。だが想像以上に大変だったのが、各種の“名義変更”だった。ガス、水道、電気の変更は電話ですんなり変更できたが、銀行口座や生命保険では、担当者からは「前例がない」と一蹴されたという。

 結局、生命保険では女性にしかない病気の問題などから、名義は“男性”のままだ。戸籍上にも問題は残る。「長男」などの表記は転籍すれば消えるものの、以前の名前はそのまま永久に残り「男性だったことがわかってしまう」状態だ。Aさんは言う。「体質的に性転換の手術ができないで、前に進めない人もたくさんいる。さまざまな点で改良の余地があると思います」

 ◆性同一性障害 自分が属する心理的な性別と、肉体的な性別が食い違う障害。当事者は不一致に苦しみ心の性に従い日常生活を送ることを望む。重度の場合は性別適合手術が必要。原因は判明していないが、胎児期のホルモン異常などが有力視されている。

◆条件に疑問の声

 特例法では、〈1〉20歳以上〈2〉結婚していない〈3〉子供がいない〈4〉生殖機能を失っている〈5〉心の性と同じ性器に似た外観を持っている―などの条件を満たしている場合、家裁が認めれば戸籍の性別を変更できると規定している。

 戸籍の性別変更の必要性を25年ほど前から指摘してきた神戸学院大法科大学院教授・大島俊之氏(58)は、条件について「『〈2〉子供がいない』が最大の問題」と話す。欧米などの先進国ではこのような要件は存在しないという。「当事者同士の心情は複雑で対立もあるが、非常に不備な制度。条件を取り消すべき」と指摘した。