性別適合手術、新年度から保険適用 経済的負担軽減に期待

北海道新聞 2018.1.25
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/158930
性別適合手術、新年度から保険適用 経済的負担軽減に期待
01/25 08:58 更新



 心と体の性が一致しない性同一性障害GID)の人を対象にした性別適合手術が新年度から公的医療保険の適用対象となる見通しだ。経済的な負担が軽くなると歓迎する声がある一方、安易に手術に踏み切る人が増えるのではないかとの懸念の声も上がっている。
 性同一性障害者が、体の性別を心に合わせるために子宮や卵巣を摘出したり、陰茎を切除したりする性別適合手術(SRS)は、現行では保険適用外だ。100万円以上かかることもあり、個人にとってハードルが高い。
 司法統計によると、2016年12月末までに国内で行われた戸籍の性別変更の総数は6906人(道内209人)だった。日本精神神経学会が15年12月に行った国内主要26医療機関へのアンケートでは、性同一性障害者2万2435人のうち性別適合手術を受けた人は1割強の2786人にとどまる。金銭的な負担から手術できない人が一定数いるとみられる。
 04年には性同一性障害者の戸籍上の性別変更を認める特例法が施行されたが、「20歳以上」「婚姻していない」などに加え、性別適合手術を受けることが条件とされた。こうしたことから医師や研究者などでつくるGID学会などが手術の保険適用を求めていた。
■ホルモン療法除外
 GID学会や当事者らの要望を受け、性別適合手術の保険適用について、厚生労働省が昨年11月の中央社会保険医療協議会厚生労働相の諮問機関、中医協)で提案し、大筋で了承された。今年3月にも厚労相に答申し、4月から保険適用される見通し。保険が適用されれば原則3割負担で、高額医療費の負担軽減措置もある。海外では、ドイツやフランス、オランダ、イタリアなどで性別適合手術やホルモン療法が医療保険の適用対象となっている。
 医療機関性同一性障害の診断を受けた人は《1》カウンセリングなどの精神療法《2》乳房の増大、体毛やひげが濃くなるなどの変化が起こるホルモン療法《3》精巣や陰茎を摘出したり、乳房切除や子宮を摘出したりする性別適合手術―などの治療を受ける。このうち現在、保険適用となっているのは精神療法のみ。新年度から手術も保険が適用される見通しだが、ホルモン療法は国内のデータがほとんどなく、必要なホルモン量が個人や体格によって差が大きく標準化が難しいことなどから、適用外のまま今後の検討課題となる。
■サポート体制必要
 中医協では、手術の保険適用に反対意見は出なかったが「一度手術すると元に戻すことはできない。精神科受診から手術までのサポート体制が重要だ」「手術後、患者がどう思っているかなど追跡調査も検討しては」と、安易な手術希望が増えないように手術前後のサポート体制強化を訴える意見が上がった。また、「法的に別の性だと認められれば、手術しなくても疾患が取り除かれる場合もあるのでは」「戸籍変更のために手術しなければいけない点を議論した方がいい」など、戸籍変更に手術を条件とすることを疑問視する意見も出た。
 GID学会長でGID認定医の針間克己医師(精神保健)は、性別適合手術の保険適用について「高額な自費負担がなくなるので、手術を希望する人が受けやすくなる」と評価。その上で「性同一性障害にはさまざまなタイプがいる。手術をすることで苦悩が軽減する人もいるし、手術をしなくても、社会的な受け入れを得ることで満足する人もいる。手術が保険の適用対象となっても性同一性障害の人すべてが手術を受けなければいけない、ということではない」と訴える。
■道内当事者は― 苦悩する人の「希望」 受診2年待ちも 医療体制課題
 性同一性障害の人が体を心の性に合わせる「性別適合手術(SRS)」。4月から公的医療保険の対象となる見通しとなり、道内の当事者や医療関係者からは歓迎の声が上がる。ただ現在、学会指針に基づく診断、治療ができるのは道内では札幌医大病院のみ。診察予約が取りにくい状況は慢性化しており、医療体制の拡充を求める声もある。
 「やっと体と心の性が一致した」。江別市の会社員萩原新(あらた)さん(28)は、昨年9月にタイで性別適合手術を受けた。約8時間かけて乳房を切除し、子宮・卵巣を摘出した。12月に戸籍の名前をこれまでの女性名から「新」に改名。現在、性別を男性に変更する手続きを進めている。
 幼い頃から性別違和を感じていた。成長とともに大きくなっていく胸が嫌だった。夏でもさらしを巻いたり、厚めのシャツを着たりして、胸の膨らみを隠して生活してきた。
 25歳の時に性同一性障害の診断を受け、男性ホルモンを投与する治療に進んだ。声が変わり、ひげが生え、男性化する体と感覚が一致していくのが、うれしかった。ただ、診断後の治療は全て保険適用外。約1カ月に1度のペースで受けるホルモン注射は1回2700円、年1回の血液検査には3万円が必要で、負担は軽くなかった。
 性別変更に必須条件の手術には、さらに費用が必要で、何年もかけて貯蓄した。「自分が希望する性として社会から認められて生きていきたい」からだ。国内医療機関でおよそ230万円と言われた手術費用は、タイでは滞在費・渡航費込みで130万円。「経験症例数も多く、タイの方がメリットが多かった」
 萩原さんは「体と心の性別が一致せず、苦悩や違和感の中で人生を送っている人は多い。保険適用は手術を望む人にとっては希望になる」と期待を寄せる。
 GID学会理事でGID認定医でもある、札幌医大の舛森直哉教授(泌尿器科)は「保険適用になれば、経済的な理由で手術を諦めていた人にも道が開ける」と評価する。札幌医大病院は2003年12月に神経精神、泌尿器、婦人などの複数科で構成する「GIDクリニック」を開設。これまでに79人が性別適合手術を受けた。
 日本精神神経学会の指針に基づき、診断から手術まで包括的な診療が可能な医療機関は全国的にも少なく、道内では同病院のみ。受診希望は全道各地からあるものの、予約が取りにくい状況が慢性的に続いている。患者が集中して手術までに時間がかかることなどから、タイなど海外で手術を受ける人もいる。
 同病院は新規患者の予約枠数や申込数について「回答できない」とするが、性的少数者を支援するNPO法人「L(エル)―Port(ポート)」(札幌)の工藤久美子さん(42)は「予約が全く取れないとの相談は多く、中には2年も取れなかったという人もいる」と話す。このような現状を踏まえ工藤さんは「対応できる医療機関がもっと増えないと、保険適用で希望者が増えれば待機期間はさらに延びる。診断や治療ができる環境をもっと整えてほしい」と訴える。
 ただ、保険適用により、後戻りができない手術へのハードルが下がることへの懸念もある。同法人が週1回開設する電話相談で、十分に検討しないままホルモン治療や手術を受け、「こんなはずではなかった」と後悔している人の相談を受けることもあるという。
 工藤さんは「海外では手術を性別変更の要件から除外する動きが進んでいる」と指摘。「手術にはリスクもあり、したくない人もいる。健康な臓器を取ることを強要する法律こそ問題で、手術などなしに自認する性別で生きる自由は、尊重されるべきではないか」と述べ、法改正に向けた今後の議論を期待する。(東京報道 宮口江梨子、生活部 根岸寛子)

 <ことば>性同一性障害GID) 心と体の性が一致しない状態の医学的な疾患名。2004年施行の性同一性障害特例法により、「2人の医師による診断」「20歳以上」「現に婚姻していない」「未成年の子がいない」「性別適合手術を受けている」などの条件を満たせば、戸籍の性別変更が可能となった。GID学会は、専門的な知識や経験のある人材の育成と医療の質の確保を目的に、15年に認定医制度を導入した。認定医は現在18人(道内2人)。